渡利璃穏の秘密はタンパク質の操り方
レスリング女子75キロ級の渡利璃穏(24)=わたり・りお、アイシンAW=は、従来の63キロ級から2階級を上げてリオデジャネイロ五輪代表の座を獲得した。約2カ月の短期間に階級で12キロ、実質約8キロの体重増量を敢行。ど根性娘が挑んだ1日5食の増量生活から見えたのは「タンパク質の操り方」だ。
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今年3月のリオ五輪アジア予選。渡利は日本女子が唯一五輪出場枠を逃した75キロ級のマットにいた。10センチ以上も大きい相手に“急増ボディー”は本来のスピードを失わず、果敢なタックルで攻め勝った。
五輪を目指した63キロ級で後輩の川井梨紗子に敗れてその座を逃した。悩んだ末に空席だった75キロに転向を決意。実質2カ月でエントリーできる下限の69キロをクリアし、12月の全日本選手権で優勝。アジア予選では71キロまで増量し、決勝でロンドン五輪銅メダルのマニュロワ(カザフスタン)を下した。
過酷な増量はまさに「自分との闘いだった」と渡利。長時間の練習で体重は時に2、3キロも減ってしまう。脂っこい物やスイーツなど高カロリーな物が苦手で、太るにはひたすら食べる量を増やすしかなかった。それでも「寝ているだけでも基礎代謝で1キロくらい減った」と苦心した。
当初は力士をまねて1日2食を敢行。しかし、一度に量を食べられず5食に回数を増やした。練習拠点の至学館大(愛知県)での寮生活。食事は主菜、副菜、汁物、ご飯が基本で補食も用意した。
朝練前はおにぎり、バナナなど消化のよい物。朝練後にどんぶり飯を多い時は山盛り2杯。その上におかずをのせてかき込んだ。午後練習の前は動きやすいようにご飯1杯とおかず一人前。午後練習後は朝練後と同様、どんぶり飯2杯におかず。寝る前におにぎりやバナナなどで補った。
一日の合計は6、7000キロカロリー。「とにかく詰め込んで最後は流し込む。最初は1時間とか1時間半かかっていた」。寮の食堂で最後は一人ぼっちになった。
手を替え品を替え工夫した。サラダにマヨネーズは嫌いでも、粉チーズをかけてカロリーを増やす。甘い物で唯一好きな団子は満腹でも食べられ重宝した。寮のメニューに飽きるとコンビニの総菜や冷凍食品を取り入れ、気分転換はカレーライス。休日は弁当を1食で2つ平らげた。
当初は練習で体に重りをつけているような感覚に陥り「いつもの動きをしているつもりなのに(相手に)足を触られたり、すぐ疲れてしまったり」。だが、1カ月後には腕でロープを登るトレーニングを足で補助せずこなせるようになった。体重は最高72キロまで増加。筋肉がつき、5食食べなくても69キロ以下にはならなくなった。
今年4月にナショナルトレーニングセンターで測った体脂肪は17・4%と好数値。体組成計での他項目も理想的だった。焼き肉のドカ食いや菓子パンなどの炭水化物に頼らず主菜、副菜の定食スタイルを積み重ねたことは、短期間での健康的な増量に奏功した。鍵はエネルギー源となるタンパク質、糖質、脂質の3大栄養素。特に渡利は「タンパク質の操り方」がたけていた。
「野球食」などスポーツ栄養学の著作本がある海老久美子・立命大スポーツ健康科学部教授は「エネルギー源が保たれていないとタンパク質が燃えてしまうが、3大栄養素のバランスが良かったのでしょう」と分析する。
また「増量したいのは筋肉でタンパク質はその材料だが、極端な量は必要ない。トレーニング期に必要な量は、1日に体重1キロあたり2グラム程度と言われている」と説明。体重70キロなら(タンパク質量)140グラムとそれほど多くない。「1回にタンパク質を体の材料として利用できる量は限りがある。分けてとることが大事。使い切れなかったタンパク質は肝臓など内臓で処理するため、大量にとると内臓に負担をかける」と言う。
定食スタイルで体に無理なくタンパク質を摂取できた上、多品目のおかずから体の調子を整えるミネラルやビタミンを同時に摂取したことも大きい。最上ボディーはそうして作り上げられた。
五輪を前に渡利は苦しい日々を思い返す。「もう無理と妥協しかけた時もあった。でも、75キロに上げると覚悟を決めてから(精神的に)強くなったかも」。「穏やかな子に」とつけられた「璃穏」という名も、今では宿命だと思える。
服のサイズはLからOになった。「おなかが太る~って葛藤がありました。でも、五輪に行きたい気持ちが勝っちゃった」。24歳の女心にふたをして、たどり着いた夢舞台。身も心も大きく成長した璃穏が、リオのメダルに突き進む。