福山 月9「予想外」の理由
福山雅治(47)主演のフジテレビ系ドラマ「ラヴソング」が月9枠で11日にスタートし、初回の平均視聴率は10・6%だった。局には賛否両論の反響が届いたという。福山が3年前に同枠で主演した「ガリレオ」は全話平均19・9%を記録しただけに半分近い数字だったとも言えるが、業界関係者の間やネット上で作品を評価する声も多い。前評判では「王道」のラブストーリーとも見られていたが、ふたを開けると、どうも様子が違う。むしろ、「挑戦」の色合いが濃い印象だ。その背景に迫った。
11日の初回、爽やかな恋愛ドラマを想像していた視聴者は、驚いたことだろう。当初、明かされていた物語は「夢破れた元ミュージシャンが、コミュニケーションが苦手なヒロインと出会い、彼女の天賦の歌声で音楽への情熱をよみがえらせていくヒューマン&ラブストーリー」というもの。シンガー・ソングライターでもある福山の武器が生きる、意外性はそこまで感じさせないあらすじだった。
ところが、いざドラマが始まると、福山が、あまりにしみったれた役柄で面食らう。冒頭から、年下女性の家に転がり込み、最低発言をしてビンタをされるダメ野郎ぶり。モテる設定のようだが、無気力でだらしなく残念なキャラクターは、福山のイメージを考えると新鮮だ。
抜てきされた新人、藤原さくら(20)演じるヒロイン・佐野さくらが吃音症というコンプレックスを抱えていることも分かってくる。福山の登場シーンよりも、吃音を抱えながら生きるヒロインの日々が、苦悩や葛藤とともに丁寧に描かれていった。
月曜日から見るにはやや重く、社会派な「ラヴソング」が放送されるや、フジテレビには「思っていたドラマと違った」「こんな福山雅治は見たくない」との意見が届く一方、吃音症を実際に抱える方を含めた「予想と違ったのに泣けた」「引き込まれ、考えさせられた」との声も多かったという。
フジテレビの草ヶ谷大輔プロデューサーによると、企画の発端は「福山雅治が主演のラブストーリー」という王道。だが、「今まで見たことのないラブストーリーにしたい」「見たことのない福山雅治を作りたい」と案を練り上げ、もう1人の鈴木吉弘プロデューサーが、各分野の一線で活躍する人物が講演する海外番組「TED」からヒントを得た。
オーストラリアのシンガー、メーガン・ワシントン(30)が吃音を抱え、人前で話す恐怖を持ちながら、それをいかに受け入れ、音楽と寄り添って生きてきたのかをスピーチした回だった。普段の会話ではどもってしまうけれど、歌う時にはスムーズに声が出てくるという。それは本作の第三の主役といえる「音楽」の力を示すエピソードとして生かされることとなった。
草ヶ谷氏が吃音者のセルフヘルプグループ「言友会」を訪れ、今回のドラマについての意見を求めると「抱えている根深さを知ってもらいたい」と背中を押されたという。
放送まで「吃音」の設定を明かしていなかったのは(1)「開始10分まったくしゃべらないヒロインが、実は大きなコンプレックスを抱えていた、というインパクトを大事にしたかった」(2)「吃音を治していく物語、とだけ受け取ってほしくはなかった」という2つの理由から。結果、初回放送までドラマは「王道のラブストーリー」かのようなあらすじにとどまり、ギャップとなって視聴者に驚きを与えた。難しい題材を扱う上で、先入観なく視聴してもらうことが狙いだった。
もう1つ、ドラマに意外性をもたらしたのが「ドキュメンタリー」を思わせる特殊な演出方法。無名のシンガー・ソングライター、藤原さくらを抜てきしたことで、ヒロインには、演技未経験で難役に挑む彼女の女優的成長と、シンガーとしての力量がそのまま投影されている。こちらも先入観のない「知らない女の子」にまるごと感情移入してもらうことが狙いだ。
1話のラストは、ヒロインが福山演じる神代のギターに乗せて涙ながらに名曲「500マイル」を歌う長尺の見せ場。吹き替えは一切なしの生音生歌で、一発撮りだった。ドラマの音楽シーンとしては極めて異例だ。
台本には「ヒロインが泣く」とは書かれていなかった。ドラマはすべて順撮り。草ヶ谷氏は「無名のヒロインを追いかけてもらう、それこそ本当に吃音を抱えた女優さんなのかな、と思って見ていただくくらいに。もう少し名のある女優さんに決まっていたら、また違った作品になったと思います」と明かした。ドキュメンタリー感を強めるため、役名も当初は違ったものを藤原の本名と同じ「さくら」に変更した。
目指したのは「コンプレックスを抱え、孤独を背負った女性」が成長する物語であり、そんな彼女の姿に刺激を受け、「音楽への情熱を取り戻していく元ミュージシャン」の再生の物語。実年齢で27歳の年の差がある福山と藤原によるラブストーリーが中心と思われていたが、むしろ2人が共鳴していくヒューマンドラマの色合いが濃い。
今後、さくらは神代への思いを募らせ、そこにさくらのことを好きな幼なじみ役の菅田将暉(23)や神代への思いを隠しているバンド仲間の水野美紀(41)が入り乱れていく。だが、あくまでも神代はさくらをサポートし、見守る男。音楽を媒介にして恋愛以上につながり合う2人の関係性が、どのように描かれていくのかが見どころでもある。
草ヶ谷プロデューサーは「月9×恋愛ドラマの定義を変えたかった。ただ男女が出会って、好きになって、付き合う、ということではない、こういうラブストーリーがあってもいいんじゃないか、と。挑戦です」と狙いを明かす。通常、月9枠のターゲットはティーンやF1(20~34歳の女性)層が中心。だが、今回は「F2(35~49歳の女性)、F3(50歳以上の女性)からティーン、F1に波及していくような作品になれば」ともくろんでいる。
ヒーロー然としたはまり役を持つ「福山雅治」を主演にし、王道の恋愛を描くことの多かった「月9」での放送というイメージを、あえて壊しにいった挑戦作。2話以降、視聴率を含めた作品の評価がどのような変遷をたどるのか注目したい。(デイリースポーツ 古宮正崇)