作詞家の下地亜記子さんが死去 72歳、肺がん 水森かおり「ひとり薩摩路」など
水森かおりの「ひとり薩摩路」、北島三郎の「月夜酒」など多くの演歌・歌謡曲を手掛けた作詞家・下地亜記子さんが、今月17日に肺がんのために死去していたことが21日、分かった。72歳。葬儀・告別式は、すでに故人の意向から近親者のみで営まれたという。
下地さんの長男・龍魔氏(41)によると、下地さんは昨年5月、15年前に患った肺がんが再発。余命は年内いっぱいとの宣告を受けていた。その後、容体は持ち直していたが、今年9月に自宅で転倒し左太ももを骨折。その際に検査を受けたところ、肺がんが肥大化しており、医師からは「年を越せるかは五分五分」と再び余命の宣告を受けていた。
10月26日に退院。その後は自宅で療養していたが、1週間ほど前から容体が悪化。そのまま回復することなく、唯一の家族である龍魔氏にみとられながら、天国へと旅立ったという。
下地氏は三重県出身。上京後に出版社勤務を経て独立。デザイン会社を立ち上げ、作詞も勉強。1983年、東京ロマンチカの「また逢えるような顔をして」で作詞家デビューを果たした。
がんの闘病しながらも創作活動は続け、今年も25作品ほど作詞した。また今年の「日本作詩大賞」にも、大賞賞候補13作品のうち、増位山太志郎の「白雪草」、北山たけしの「流れ雲」と2作が選ばれており、12月1日の表彰式の出席を楽しみにしていたという。