島木譲二さん こわもて風貌でも温和な人柄 ジャッキー・チェンにポコポコヘッド
吉本新喜劇の島木譲二さんが16日午前、脳溢血(のういっけつ)のため入院先の大阪市内の病院で亡くなった。72歳だった。島木さんを取材した記者が故人を振り返る。
島木譲二さんが亡くなった。島木さんと言えば、一番に思い出すのはずいぶん前になるものの、大阪にある吉本の劇場「なんばグランド花月」近くの戎橋(えびすばし)商店街ですれ違った時だった。
目があってニコリと笑ってくれた。立ち止まり、「今度、おもろいことやりまんねん」と自身が企画する公演について熱弁してくれた。私は「記事にできるだろうか」と聞いていたものの、ふと、周囲からじろじろ見られていることに気づいた。
「こわもての島木に因縁つけられてる気の弱そうなサラリーマン」。そんなふうに見えたのかもしれない。見られるというのはしんどいもので島木さんの熱弁にも注意がおろそかになり、話が一段落したのを見計らって「また、取材にうかがいます」とか言って別れた。
島木さんは見た目はあの通りのこわもてだが、私が見聞きした限りでは温和な方だった。
吉本新喜劇が米ニューヨークで初公演した時、帰国便が同じで島木さんはあのでかい体をエコノミー席に窮屈そうに押し込んでいた。しかも通路側ではなく、中央4人席の2番目だった。トイレに立ち上がるたびに隣席の方に頭を何度も下げ、手を出して「すみません」というしぐさをし、申し訳なさそうにふるまっていた。私は島木さんの4、5列に後ろに座っていたのでよく見えた。
日本に到着してから島木さんに「取締役はファーストクラスらしいですよ。島木さんもビジネスクラスくらい座らせてもらっていいんじゃないですか」と小声で聞いてみた。島木さんは「いやいや。私なんかニューヨークまで連れてきてもろただけで十分ですわ」とにこにこ笑いながら答えてくれた。それが本音かどうかは分からないが。
両手で交互に胸をたたく「大阪名物パチパチパンチ」、アルミニウムの灰皿で頭をたたく「ポコポコヘッド」、「しまったしまった島倉千代子」など分かりやすいギャグで人気だった。
ジャッキー・チェンが映画のPRで吉本興業にも訪れて会見した時、なぜか島木さんが途中から会見に入った。ポコポコヘッドをジャッキーの前で実演し、大笑いするジャッキーに灰皿を手渡してポコポコヘッドをやるように身ぶりで迫った。ジャッキーは迷わずに灰皿を受け取り、ポコポコヘッドの共演が実現した。会見場は大爆笑となり、その時の写真が翌日の紙面を飾った。
終了後、島木さんに話しかけると「ほんまにやってくれると思わんかった」と汗だくの顔で驚いていた。いやいや、内諾を得ずにやらせたあなたに驚きます。
安らかにお眠りください。(デイリースポーツ・林 大造)