トランペットの日野皓正、俳優に初挑戦
ジャズ・トランペット奏者・日野皓正(71)が、映画「MARCHING-明日へ-」(8月23日公開)で俳優に初挑戦している。日野は東日本大震災の復興支援を積極的に行っており、同作がマーチングバンドを通しての横浜と福島の交流を描いていることから、企画に賛同して出演を快諾したという。
こうして本業以外にもチャリティーに後進の指導にと勤しむ日野が、10年に渡って情熱を注いでいるのが東京・世田谷の中学生を対象にした「Dream Jazz Band Workshop~ドリームジャズバンドワークショップ」だ。8月17日に行われる記念コンサートを前に公開練習を覗くと、超アグレッシブな日野先生の姿があった。
同ワークショップは、世田谷教育委員会主催の「才能の芽を育てる体験学習」の1つで2005年にスタート。経験不問の一般募集で集まった44人の中学生が4カ月間、8月のコンサートに向けて練習に励む。講師陣は校長の日野を筆頭とするプロのミュージシャンたち。それはそれは、音楽好きなら羨むような夢の企画なのだが、日野の指導は容赦ない。
「人の話を聞いてんのか!ふざけんなッ!」
「最後の曲は大変だぞ。このままでは(本番で)みっともないことになるぞ」
そんな叱責が練習会場に響き渡る。初めて稽古場を訪れた筆者はしばしたじろいだ。しかし、冷静に考えれば当然だ。子供とはいえ、観客からお金を頂いてステージに立つ以上はプロと同じ。だが日野には厳しくするのは、また別の意味合いがあるという。
「後進を育てたい?いや、そんな気持ちはないの。この日本を背負って、世界に出るような人間に育ってくれたらそれでいいの。彼らがこの先、どんな会社に入ろうが、音楽のプロの道に進むかは分からない。たけど、血の出るような思いに耐えられるか否かで人生が変わると思うんだな。それを今こうして体験しておけばさ、会社に入ってイヤな上司に虐められても、あの時のワークショップの事を考えたら何ともないってなるじゃない。だからさ、俺は愛情でバカヤローっ!って言ってんの。でも1年もしないうちに、どれだけ先生たちが自分たちの事を一生懸命考えてくれていたかをきっと分かると思うんだよな」。
ゆえにワークショップでは音楽のことのみならず、礼儀作法もしっかり教える。脱いだ靴をそろえるのは、基本中の基本だ。子供たちにも日野の愛情はしっかり届いているようだ。それを裏付けるように、稽古には、過去にワークショップに参加した卒業生たちがボランティアとして指導に訪れている。東日本大震災の時は、講師役のミュージシャンと共に被災地でコンサートも行ったという。中にはプロを目指している人もいるそうだ。
今回参加しているテナーサックス担当の山村月子(14)が言う。「日野先生は怖い時もありますが、(指導されると)やる気が出ます」。彼女は将来、音楽家になりたいという。ベース担当の熊谷咲紀(14)は正直に「土日が練習で潰れるのがツラいです」と漏らす。だが現在バンドを組んでいる彼女は、さらなる上達を目標に参加している。そのバンド活動とはひと味違う、ビックバンドでのアンサンブルは「楽しい」と声を弾ませる。中には「コンサート当日、日野先生をあっと言わせたい」という野望を持っている子もいるそうだ。
それを聞いた日野が、顔をくしゃくしゃにさせながら言う。
「(驚かせるなんて)無理だよ(笑)。でもさ、その純粋さは俺たちは持ってない。だから子供たちには絶対かなわないんだよな」。
10周年のスペシャルコンサート「せたがやこどもプロジェクト2014 日野皓正presents“Jazz for Kids”10th Anniversary Consert」は8月17日、東京・世田谷パブリックシアターで開催。子供たちによるDream Jazz Bandは「A列車で行こう」などスタンダードナンバーを披露する予定だ。おそらく、4カ月でよくぞここまで!と驚がくするに違いない。
ちなみに日野は、最初に講師役を依頼された時から「1年間ならイヤだ。すぐに子供たちも忘れてしまう。俺が生きている間、ずっとやらせてくれるなら、やる」と宣言したそうだ。シビれるじゃないか。実は子供の教育の現場において、こういうカッコいい大人を見て育ったか?否か?が、もっとも重要じゃないかと…。世田谷の子供たち、うらやまし過ぎるぞ!!(映画ジャーナリスト・中山治美)