山内溥・前任天堂社長が死去
任天堂を世界的なゲーム機メーカーに育てた前社長の山内溥(やまうち・ひろし)相談役が19日午前、京都市内の病院で肺炎のため死去した。85歳だった。京都市出身。
1983年に発売した家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」を爆発的なヒットに導き、トランプメーカーを最先端の世界的ゲーム機メーカーへ脱皮させた。家庭用ゲーム機という新市場を創造し、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の「プレイステーション」や米マイクロソフトの「Xbox」と激しい競争になった。
89年に売り出した携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」も子供らの人気を集めた。「面白いゲームが出れば、ハードも売れる」と、ゲームソフトの開発にこだわり「スーパーマリオブラザーズ」などの人気ソフトを生み出した。インターネットを使ったゲームとは一線を画した。
早稲田大在学中の49年、家業を継いで社長に就任。53年には日本初のプラスチック製トランプ、59年にディズニーキャラクターを使用したトランプを発売した。
50年以上にわたり社長を務め、その指導力は「カリスマ的」といわれた。2002年に現社長の岩田氏を後継に抜てきし相談役に退いたが、その後も発行済み株式の10%を保有する筆頭株主として影響力を持ち続けていた。
92年には米大リーグのシアトル・マリナーズを買収。イチローなど日本人選手の獲得に力を入れた。