中村GM急死…突然の訃報に虎ショック

 阪神・中村勝広GMが23日、急性心不全のため東京都内のホテルで死去した。66歳。前日には東京ドームで行われた巨人戦をネット裏で視察。この日も逆転優勝を信じて視察予定だったが、志半ばで帰らぬ人となった。葬儀、告別式は未定。突然の訃報に、和田阪神が、球界が深い悲しみに包まれた。

 逆転優勝を目指す和田阪神に衝撃が走った。宿敵巨人と東京ドームで対戦したこの日、中村GMが都内のホテルの自室で、急性心不全のため死去した。編成部門を預かる最高責任者の突然の訃報に、チームは深く、大きな悲しみに包まれた。

 球団関係者によると、中村GMはこの日、午前11時半にタクシーで東京ドームに向かう予定だった。だが姿を現さなかったため、ホテル側に依頼して、球団幹部が中村GMの部屋に入ると、ベッドにあおむけになって息を引き取っていた。通報で駆け付けた消防が死亡を確認。事件性はないという。

 選手、関係者には巨人戦終了後のチーム宿舎で、南球団社長から急死が伝えられた。南社長は「今年は、大チャンスやから優勝を勝ち取ろうとおっしゃっていた」と沈痛な面持ちで振り返り、「大ショックで言葉が口から出てこない」と声を詰まらせた。

 中村GMは千葉・成東高から早大を経て、71年度ドラフト2位で阪神に入団した。好守好打の内野手として活躍し、82年に現役を引退。生涯成績は打率・246、76本塁打、219打点だった。引退後は指導者の道を歩み、2軍監督、1軍作戦守備・走塁コーチを歴任。89年オフに40歳の若さで監督に就任し、95年の途中まで指揮を執った。92年には亀山、新庄を「亀新コンビ」として大ブレークさせ、シーズン最後まで優勝争いを演じた。

 03年にはオリックスのGMに就任し、06年には監督を務めた。そして12年シーズン途中に阪神のGMに就き、福留、西岡、呉昇桓、ゴメス、藤浪らの獲得に尽力。今季もここまで、オフのドラフトや新外国人補強を見据えて、精力的に視察、調査を続けてきた。急逝がもたらす編成面への影響は計り知れない。

 この日、チームは巨人にサヨナラ負けを喫し、首位・ヤクルトとは4ゲーム差。逆転Vは困難な状況に追い込まれた。南社長は試合後、選手、関係者に対して「厳しい状況は間違いないけど一戦一戦、全力でいいプレーをして、一つでも勝ってくれ。それがGMに対しての供養になる」と伝えたという。残り8試合。猛虎再建の志半ばで亡くなった中村GMの思いを背負い、和田阪神はチーム一丸で最後の最後まで戦い抜く。

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