焼きそば乗りとジェンティルドンナ
JRA関係者は岩田康誠騎手の騎乗フォームを“焼きそば乗り”と呼ぶ。両手に持ったコテで焼きそばと具を豪快に混ぜる姿が確かにダブる。最初に聞いたときは思わず笑ってしまった。お世辞にも格好いいとは言えないフォームだが、岩田のアクションとともに馬が末脚を伸ばすシーンは、何度見ても爽快だ。
焼きそば乗りはJRAの競馬学校で教えることはないそうだ。騎手を育成するうえで、理想とするのは武豊の華麗なフォーム。負担を軽減するために馬上でのブレを少なくし、直線でスッとムチを抜いて必要な数だけ打つ。馬本位の騎乗がベストとされる。ベテランの調教師によると焼きそば乗りは「馬の背中を痛めかねない」との意見もあり、そのあたりが“教科書には載らない”要因なのかもしれない。
ただ、サラブレッドと騎手は常に結果を求められる世界に生きている。馬の能力を引き出す岩田への騎乗依頼は後を断たないわけだし、川田将雅騎手は父が地方競馬ジョッキーだった影響か、JRAの生え抜きながらも早い段階で焼きそば乗りを取り入れてきた。焼きそば乗りの認知度の高さは、2人がすでに年間100勝をクリアしていることからも明らかだ。
今週末のジャパンカップ。1番人気が確実なジェンティルドンナの鞍上は、岩田からイギリスのライアン・ムーア騎手に乗り代わる。ジェンティルはデビューから3戦連続で外国人騎手が手綱を取り、4戦目のチューリップ賞から岩田が主戦を務めてきた。岩田が騎乗停止中だった昨年のオークスは、川田が乗り代わってド派手な焼きそば乗りに操られて圧勝。その後はずっと岩田を背にして、2012年の年度代表馬へと上り詰めた。
昨年のジャパンカップでオルフェーヴルを撃破したことにより、今年に入ってからのジェンティルドンナはトップレベルのレースばかりを使ってきた。結果は2、3、2着。求められていた成績を出せなかったため、ジャパンカップ3連覇がかかっていた岩田は無念の降板となった。
岩田から外国人騎手に乗り代わってのG1で思い出すのは昨年のジャパンカップダートだ。6連勝中で1番人気のローマンレジェンドは、岩田が騎乗停止のため、ミルコ・デムーロ騎手と初めてコンビを結成。だがレースではデムーロが手綱をしごきまくったにもかかわらず、伸び切れず4着に敗退した。
焼きそば乗りというスパイスの効いた騎乗スタイルに慣れたジェンティルが、果たして今まで通り直線で伸びることができるのか。相手関係は昨年と比べてグッと楽になったが、何か落とし穴がある気がしてならない。
(デイリースポーツ・秋山哲範)