2010/3/22 平和島競艇
▼SG・総理大臣杯 平和島競艇12R優勝戦 | |||||
着順 | 連番 | 選手名 | 住所 | 進入 | ST |
1着 | A | 山口剛 | 広島 | @ | 13 |
2着 | @ | 岡崎恭裕 | 福岡 | A | 21 |
3着 | C | 濱野谷憲吾 | 東京 | C | 16 |
4着 | B | 松井繁 | 大阪 | B | 16 |
5着 | D | 今坂勝広 | 静岡 | D | 17 |
6着 | E | 萩原秀人 | 福井 | E | 21 |
「SG・第45回総理大臣杯」は22日、平和島競艇の12Rで優勝戦が行われ、インを奪取した2号艇の山口剛(27)=広島、91期、A1=が岡崎恭裕、浜野谷憲吾との激しい首位争いを制して待望のSG初制覇。優勝賞金4000万円とSG・第37回笹川賞(5月25〜30日・浜名湖)の出場権も獲得した。岡崎が2着、浜野谷が3着に入り、松井繁は4着に終わった。
グラビアアイドルの川村ゆきえ(右)に祝福される山口剛
ゴール直前から、左手で何度もガッツポーズを出した。「本当にうれしかった」。記者会見でも満面の笑みで喜びを爆発させ続けた山口だが、レースは冷静だった。
驚がくのイン奪取も、2周1Mの逆転劇も、状況を的確に見ていたからこそ。「岡崎のピット離れがちょっと悪い、と思って狙いました。2Mで浜野谷さんに届かなかったけど内から岡崎が見えて、浜野谷さんも岡崎も引く気配がなくて“まだ(勝機は)ある”と思って」。SG優出2度目とは思えない視野の広さで栄光をつかみ取った。
記念戦線で通用しない日々が続いた。転機になったのは、昨年9月22、23日の福岡・やまと競艇学校での「第1回地元スター選手候補実技訓練」。山口は指導選手として参加したが、同じく招かれた今垣や赤岩の話に「本気だと思っていた自分も甘いと思った」と振り返る。そこから「好きじゃない」ペラ準備にも本気で取り組む。「節と節の間で休む時間がなくなったくらい」。その成果で、低勝率64号機でもトップクラスの舟脚に仕上げた。
これで賞金王決定戦(12月20〜23日・住之江)出場へ大きく前進。また今後はSG覇者としてプールに立つことになる。「賞金王を獲ることが目標。これから先は初めての経験だから分からないけど、今までやってきたことはやる」。受けて立つ立場に変わったが、今後も大いに期待できそうだ。
2周2M
【山口が接戦制す12R】
S展示は枠なりの3対3だったが、本番ではピット離れで飛び出した山口がインへ。213・456の並びとなった。コンマ13のトップSを決めた山口が1M先マイ。岡崎がやや中へこみになり、松井がまくり差しを狙うも不発。差した岡崎、浜野谷が続き、バックで伸びた浜野谷が山口の内懐にねじ込むが、山口は2Mツケマイで応戦。競り勝った浜野谷がわずかに先行するも、ここで浮上の岡崎と2周1Mで競り合い、差した山口が再逆転でV。岡崎が2着。浜野谷は松井の追撃を振り切って3着を確保した。
1号艇の岡崎恭裕はピット離れ失敗で2コースからの発進になり、コンマ21と最も遅いS。2周1Mで浜野谷と山口の先頭争いに追いついたが、結果は2着に終わった。「ピット離れはタイミングミス。Sも最低。お客さん怒るでしょうね…」と自身にあきれたような苦笑い。初のSG優勝戦には「こんなものかな、という感じ」と平常心だったことを強調したが、完全燃焼とはいかなかった。
1Mの差しはイメージ通り。2Mでやったと思ったけど、内を見ていなかった。岡崎君が全く見えなかった。見えていれば差し構えもできたけど。エンジンも感じは良かったけどね。悔しい。
Sは放ったし、あんなものだろう。今日が一番いい状態ではあった。
コースが外で展開もなかった。いい経験だと思うし、今後につなげたい。
差しを狙ったが、突ける場所がなかった。
山口 剛(やまぐち・つよし) 1982年8月23日生まれ、27歳。広島県出身。やまと競艇学校91期生として02年11月に宮島でデビュー。同期には川上剛、松村康太、三浦永理、長嶋万記らがいる。SGは10年総理杯(平和島)で初制覇、08年新鋭王座決定戦(宮島)などG13勝。通算優勝14回。家族は夫人と1男1女。身長161センチ、体重50キロ。血液型はA。生涯獲得賞金は2億4916万4750円。