2007/12/23 中山競馬場
▼第52回有馬記念 | |||
1着 | マツリダゴッホ | 蛯名 | 2.33.6 |
2着 | ダイワスカーレット | 安藤勝 | 1 1/4 |
3着 | ダイワメジャー | デムーロ | 2 1/2 |
馬単、3連複、3連単でレース史上最高配当となった有馬記念。波乱を呼んだのは、蛯名正義騎手(38)の思い切りのいい騎乗だった。9番人気マツリダゴッホで4角先頭の積極策。本人も認める“KY(空気が読めない)”の勝利だったが、自身にとっては過去の同馬での忌まわしき落馬事故を振り払う会心のレースとなった。1番人気メイショウサムソンは見せ場なく8着、ファン投票1位馬ウオッカも11着に沈んだ。
伏兵・マツリダゴッホで有馬記念を快勝、力強くガッツポーズする蛯名=中山競馬場
【サムソンウオッカ…そんなの関係ねぇ締め】
11万を超える観衆がどよめいた。年度代表馬の座もかかる大一番の最後の直線。後方にいる1番人気メイショウサムソンに、有馬男ペリエのポップロック、ファン投票1位のダービープリンセス・ウオッカの上位人気馬はすでに圏外だ。
声援があきらめムードの悲鳴に変わる中、9番人気マツリダゴッホが先頭でゴールを駆け抜けた。右手人さし指を天に向け突き上げた蛯名。オーナーも生産者も不在という異例の状況での勝利。殊勲のヒーロー自身が場違いの空気を感じ取っていた。「ゴールに入った瞬間“勝っちゃったよ”って感じ。KYいやCKYって言われちゃった」。今年の流行語KYの、そのさらに上を行くC(=超)KY状態に、思わず苦笑いを浮かべた。
気配はあった。前日にJRA年間100勝を決めていた蛯名は、この日も手綱さばきがさえまくる。4Rの新馬戦を勝つと、本番と同じ中山芝二千五百メートルで行われた7Rを7番人気馬で勝利。そして迎えた有馬記念。好スタートから3番手の絶好位を奪い、勝敗を分けるポイントとなる4コーナーを迎えた。
早め先頭の必勝パターンに持ち込むべく、ダイワスカーレットが馬場のいい外めに進路を取る。その瞬間を見逃さなかった。ためらわず内を突き、コーナーワークで前に出たことが最後まで効いた。「あそこで安藤(勝)さんの内に突っ込んだのが良かった。それでも何かに差されるんじゃないかって思ったけどね」。蛯名の持ち味でもある“思い切りの良さ”が勝利を呼び込んだ。
コンビを組んだ06年秋のセントライト記念では落馬のアクシデントもあった。「いろいろあったけど、これで少しは返すことができたかな」。その落馬地点でもあった中山の4コーナーでの好プレー。それは忌まわしき過去をすべて消し去るに十分のものだった。
結果的に実績馬の人気は“偽”だった。前記の“KY”とあわせて、暗い世相を象徴するような有馬記念となった。「レース前、トレーナーは(1月末の)AJC杯に使うって言ってたけど、そんな使い方をしたら(ファンに)怒られちゃうよ」。思わぬ金星で今後の予定は白紙になった。大種牡馬サンデーサイレンスの最後の世代となる明け5歳馬。眼前に明るい未来の広がったマツリダゴッホの活躍が、08年日本の世相にも光をともす。
4コーナーでいっせいにスパートする各馬。左から2頭目がマツリダゴッホ、大外にメイショウサムソン(右)ら有力馬=中山競馬場
何と馬主、生産者ともに不在のままで今年の有馬記念は表彰式が行われた。オーナーの高橋文枝さんは当初、来場予定だったが、体調が思わしくなく出席できなかった。夫の福三郎氏は「テレビで見ていましたが、びっくりして声も出ませんでした」と驚いていた。また、生産者の岡田牧雄氏は「オーナーにすべてを任せていたからね。テレビを見ていて絶叫したよ」と興奮気味に語った。
見せ場なく敗れたメイショウサムソンから鞍を外す武豊
【覇気なし…豊「アレって感じ」】
不可解な負け方だった。単勝2・4倍と圧倒的1番人気を背負ったメイショウサムソンは、見せ場もなく8着に敗れた。
秋の天皇賞を圧勝したときと同じ(1)枠@番から発進。スタートは良かったが、そこからがいつもと違った。鞍上の武豊が、いい位置で流れに乗ろうと手綱を動かすが、行きっぷりがもうひとつ良くなかった。1角で次々と前に入られ、中団やや後ろを進む、ウオッカの直後。勝負どころで外に持ち出して上がって行くが、いつもの反応は全く見られない。持ち前の勝負根性にも、最後まで火がつくことはなかった。
秋の天皇賞を快勝した後、ジャパンCで惜敗。王者復権をかけての1戦だった。だがファンも、何より武豊も思いもしなかったレース内容。「スタートは悪くなかったが、最初のコーナーで行けなかった。天皇賞ではいいスタートが行けて、肩ムチを入れると、スピードに乗っていたけど…。アレって感じでした。難しい」。そう話し、首をかしげるしかなかった。コンビを組んで3戦目。ここ2走のような覇気はなかった。
高橋成師も同様に、敗因をつかみかねていた。「う〜ん、どうなのかなあ。調子はまずいものがなかっただけに、訳の分からない形になった。結局、この馬場とか、展開がどうかということなのか…。前に行った馬が残った。これも流れのひとつなんでしょうね」と肩を落とした。
だが、これで終わりではない。武豊も巻き返しを誓う。「1年間よく走ってくれた。来年、頑張りたい」。今後は未定だが、国内、海外と選択肢はある。この敗戦を乗り越え、必ず輝きを取り戻して見せる。
惜しくも2着で3歳牝馬制覇はならなかったダイワスカーレット
【3冠の実力見せた。アンカツ「大したもの」】
47年ぶりの偉業は達成できなかった。それでも初めての古馬牡馬との戦いでつかんだ銀メダル。3歳牝馬のダイワスカーレットが、GT3勝に恥じない戦いを演じた。
勝ち馬のガッツポーズから1馬身1/4差。健闘したが、一度かわされた相手を差し返す力は残っていなかった。「3歳牝馬でこれだけ走れば大したものだよ」と安藤勝は、ため息まじりにパートナーをねぎらう。初めての二千五百メートルだったが、大舞台で2着。「しなやかで器用だから距離も持つね」とあらためて能力をたたえた。
道中は、逃げを主張したチョウサンにハナを譲り、2番手を追走。「横山(典)君が引きそうになかったからね。1コーナーで少しペースが遅くて、ハミをかんじゃった」と鞍上は振り返る。マイペースではなかった。道中は自分との闘いが展開されていた。向正面では内ラチ沿いを進むチョウサンから、外へとスカーレットを離して、懸命になだめながら運んだが、気分よく走らせることはできなかった。
直線入り口。勝ったマツリダゴッホに、ワンテンポ速く仕掛けられたことで勝敗が決した。「出し抜けを食らったわけではない。こっちは、自分のタイミングで仕掛けられる馬じゃないから」と最後は相手の切れ味に屈した。
47年ぶりの3歳牝馬Vはかなわなかったが、桜花賞から4連勝した実績がかすむことはない。最強の3歳女王は、国内外の戦場をにらみ、雪辱を誓っている。
安藤勝を背にファンに別れを告げるダイワメジャー
【メジャー銅々引退】
ダイワメジャーがラストランで昨年に続く3着と健闘した。陣営からは「スカーレットとやり合わないように」の指示。中団より少し前の内ラチ沿いで折り合いに専念し、直線は外へ持ち出し猛然とスパート。勝ち馬に0秒6差、妹スカーレットには2馬身半及ばなかった。デムーロは「妹に負けたのは悔しい。4角でもう少し攻められたら“2”はあったかも」と悔しがった。
それでも十分に胸を張れる内容だ。「よく戦ってくれた。最後は伏兵にやられちゃったね」。大城敬三オーナーは愛馬の最後の走りを称えた。引退式で「いろいろな思いが浮かんで…言葉が出ない」と感極まった上原師は涙ぐみ、声を震わせた。
ノドの疾患を不屈の精神力で克服し、総獲得賞金は10億223万円と大台を突破した。総額18億円のシンジケートは即日完売。今後はいったん美浦トレセンへ戻り、26日に北海道安平町の社台SSへ旅立つ。遺伝子を引き継いだ個性派の誕生が、今から待ち遠しい。
【四位ガックリ「競馬は難しい」】
10万5441票―。ファン投票1位の支持に、ウオッカは応えることができなかった。まさかの11着。ダービーで見せた末脚は不発に終わった。
「競馬は難しい。改めて思った」と四位は肩を落とす。いつもより前の位置で運んだが、4角ではすでに手応えがなかった。「(8)枠だったし、オーナー、先生(角居師)からいい位置を取って勝負に行ってくれ≠ニ。ポジションを取りに行って、馬の後ろでいい感じだったけど…。中山の二千五百メートルは独特だね」。乗り越えられなかった壁に唇をかみしめた。
「レース前にいいところを取りに行って、ボロ負けなら仕方ない≠ニ話をした。内枠ならもっと着順は良かっただろうけど、勝ててはいない」。角居師は初の2ケタ着順を冷静に振り返る。
まだ3歳。牝馬の枠を超越したダービー馬には来年への期待がかかる。「今の時期は勉強。きょうのタフな競馬が先に生きてくる」。ファンが待ち望むGT制覇へ―。四位は復権を誓った。
まとめてかわすような勢いだった。ドリームパスポートは6着。道中はジッと脚をためて最後方から。3角過ぎで一気に上がったが、進路を失って前の馬に衝突した。高田も「スムーズなら勝っていたかも」とショックを隠せない。「僕のせいです。折り合いをつけて、位置取りは関係なく乗った。反応が良過ぎて一気に上がってしまった。残念です」。悔いを残し、声にも力がなかった。
悲願の戴冠を目指したポップロックは5着。2番人気に支持されたが、掲示板確保が精いっぱいだった。「スタートも良くて、ペースも思った通りスローになってくれた。好位置は取れたけど」とペリエ。中団から進出して勝負どころを迎えたが、直線では切れ味を発揮できなかった。「4コーナーで外へ出したとき、すでに反応がなかった」と首をかしげていた。
南半球産の3歳馬ロックドゥカンブは、よく追い込んだものの4着止まり。史上最速、最少キャリアでのグランプリ制覇は夢と散った。道中は後方待機。「3歳馬なのによく走っている。もう少し前につけられれば良かったんだけど」。この馬のために短期免許で来日したアイルランドの名手、マイケル・キネーンは、前残りの展開を悔やんだ。堀師は「完成するのは来年の秋くらいと思っている馬。今の段階でこの走りをしてくれれば、よく頑張っていると解釈していいでしょう」と、08年の飛躍を誓っていた。
マツリダゴッホ…牡4歳。父サンデーサイレンス、母ペイパーレイン(母父ベルボライド)。馬主・高橋文枝氏。生産者・静内 岡田スタッド。戦績・16戦7勝。重賞・07年AJC杯、オールカマーに続き3勝目。総収得賞金388、865、000円。国枝栄調教師は初勝利。蛯名正義騎手は01年マンハッタンカフェに続き2勝目。