2008/11/30 東京競馬場
▼第28回ジャパンカップ | |||
1着 | スクリーンヒーロー | デムーロ | 2:25.5 |
2着 | ディープスカイ | 四位 | 1/2 |
3着 | ウオッカ | 岩田 | 3/4 |
G1初挑戦の9番人気スクリーンヒーローが、直線で力強く抜け出してビッグタイトルを奪取した。夏から急成長を遂げたグラスワンダー産駒が見事な大金星。単勝4100円は、84年カツラギエース(10番人気=4060円)を更新するJC最高払戻金となった。初コンビのミルコ・デムーロ騎手(29)=イタリア=は、JC初勝利でJRA・G14勝目をマーク。暮れのグランプリ・有馬記念(12月28日・中山)でも、再びこのコンビがターフで大暴れしそうだ。
ジャパンカップを制したデムーロは馬上で歓喜の飛行機ポーズ=東京競馬場
栄光のゴールを先頭で駆け抜けたのは、3世代のダービー馬でも、菊花賞馬でも、有馬記念馬でもなかった。前走のアルゼンチン共和国杯で初めて重賞を手にしたばかりのスクリーンヒーロー。9番人気の伏兵を勝利へとエスコートしたのはミルコ・デムーロだった。「チョー、キモチイイ!」。お立ち台の上で陽気なイタリアンの流ちょうな日本語が響く。マルティーナ夫人、愛娘のルクレツィアちゃん(11カ月)と何度もキスをして喜びを分かち合った。
レース前に鹿戸雄師からの指示は、「スタートだけ気をつけてほしい」のひと言。スムーズにきれいな発馬を決め、ネヴァブションが先導するスローペースでも、気負うところをまったく見せず人馬の呼吸はピッタリだ。ここでレース前から入念に研究していた成果が出る。
「ビデオを見てマツリダゴッホの調教が良かったと思った。いい位置で進める馬なのでマークしようと考えていた」。その言葉通り、4番手につけるマツリダゴッホの直後のポジションを確保。信じられないくらいに、レースはシナリオ通りに運んでいった。
最後の直線。追い出しをギリギリまで我慢したデムーロが、残り三百メートルで右ムチを振るってゴーサイン。連打に応えてグイグイとひと追いごとに伸び、前のウオッカ、マツリダゴッホをかわし、ディープスカイの追撃もしのいだ。雄叫びを上げたデムーロは投げキッス、さらに“飛行機ポーズ”で10万大観衆に勝利をアピール。憎いばかりの千両役者ぶりだ。
99年の初来日以来、03年にネオユニヴァースで皐月賞、ダービーの2冠を制覇。翌04年にもダイワメジャーで皐月賞を連覇したが、ジャパンカップの勝利はまた格別。「とても集中して走っていたし、最高の力を出してくれた。ダービー馬が3頭もいてレベルの高いレースに勝ててハッピーだよ」と喜びをストレートに表現した。
内のウオッカ、外のディープスカイ(左)と激しく競り合う
【次は有馬記念へ】
このあとスクリーンヒーローは有馬記念へ向かう公算が高い。レースごとに進化を続ける4歳馬とイタリアの名手とのコンビには、もうひとつ大きな仕事が待っている。
【初年度G1制覇 6人目の快挙】
新米トレーナーが、いきなりビッグレースを制した。鹿戸雄一調教師(46)は開業9カ月でのG1勝利。「吉田照哉オーナーのバックアップをはじめ、矢野(進)先生、藤沢(和)先生など、みなさんに応援してもらったおかげ」と感謝の言葉を並べた。
開業初年度でのG1勝利は、93年ジャパンC(レガシーワールド)を開業2カ月で制した森師など6人目の快挙。「出走させるだけでも大変なのに、こんな素晴らしいレースを勝てるなんて。うれしいというよりビックリしています」と戸惑い気味に話した。
騎手時代から調教を手伝いながら名門・藤沢和厩舎でノウハウを学び、ゼンノロブロイの海外遠征に帯同するなど経験を積んできた。開業後はミーティングを重ねて各馬の状態を確認、調整方法をスタッフ全員で話し合うスタイル。「厩舎の雰囲気がすごくいい。うまくいきましたね」。
矢野進厩舎から引き継いだ骨折明けのスクリーンヒーローを条件戦から使い始め、G1ウイナーに育て上げたのも、厩舎一丸となった仕上げの成果だ。藤沢和師の影響もあり、海外志向も強い。「来年はこの馬で海外へも挑戦したい」と語った鹿戸雄師。西高東低が続く競馬界に、関東から新しい風が吹き始めた。
【2月まで管理 矢野進元調教師「よく仕上げた」】
2月の定年までスクリーンヒーローを管理していた矢野進元調教師(71)にとっても感慨深い勝利となった。曾祖母モデルスポート〜祖母ダイナアクトレス〜母ランニングヒロインと4代続けて管理。30年以上にわたってかかわってきたゆかりのある血統馬が快挙を達成。「生まれた時からしっかりしたいい子馬だった。3着だった祖母のアクトレス(87年)を見事に超えたな」と柔和な笑顔を見せた。「本当にうれしいね。スタッフを含めて、うまく鹿戸くんに引き継ぐことができたし、よく仕上げてくれた」とねぎらいの言葉をかけていた。
【社台ファームJC初V 吉田照哉氏「恩返し」】
05年ハーツクライの鼻差負けなど、これまで2着4回、3着3回。生産者の社台ファーム(北海道千歳市)にとって念願のジャパンC初Vとなった。オーナーでもある吉田照哉代表(61)は、前日に先代の父・善哉さんの墓参りへ。「恩返しができた」と牧場ゆかりの血統馬での勝利を喜んだ。賞金的にギリギリでの出走となったアルゼンチン共和国杯Vで参戦が決定。「本当はステイヤーズSを使おうって話していたんだ。馬が自ら道を切り開いたね」。次戦については「有馬記念になるでしょう。そこで走れば本物」と早くもグランプリ制覇へ意欲を見せていた。
“負けて強し”という言葉では、片付けたくない現実が残った。史上初の3世代のダービー馬が対決した頂上決戦、1番人気のディープスカイはメンバー最速の上がり33秒8で猛追したが、9番人気の伏兵スクリーンヒーローに半馬身及ばず2着。最大目標の世界制覇を逃したが、陣営は能力を再確認し、有馬記念(12月28日・中山)をパスして来年の海外遠征に前向きな姿勢を示した。なお、ウオッカは3着、メイショウサムソンは6着だった
スクリーンヒーロー(右)にわずかに及ばず2着に敗れたディープスカイ
ライバルを一気にかわす勢いで、ディープスカイが馬場の大外を伸びる。ジョッキーも陣営もファンも、誰もが勝利を意識しただろう。それでも思わぬ伏兵だけは捕らえ切れない。メンバー最速の上がり33秒8で有力馬をねじ伏せたにもかかわらず、2着。結果を受け止めるのに時間がかかったのか、四位はしばらく検量室から出てこなかった。
レース終了から40分を過ぎ、感情を抑えながらジョッキーは姿を現した。「1番人気でしょ?ファンも応援してくれたのにね。流れが遅いのは分かっていた。それを言い訳にはしたくない。リズム良く走れて、4角も手応え十分な感じ。ミルコ(デムーロ)はかわせると思ったし、内もかわせそうだなって。けど案外、ミルコが頑張った…」。そう振り返ったあと、ひと呼吸置いてから「悔しいね。前に1頭いたのは現実」とつぶやいた。こらえていた思いがあふれて、この日が36歳の誕生日だった主戦の目は自然と赤くなった。
沈んだ表情で昆師は話した。「展開が厳しい。後ろから行く馬だから。2角に入るときに“やばいな”って。あのパターンなら抜けられるはずだけど、前も楽をしていたから」。ただ、愛馬をたたえることも忘れない。「G1馬をいっぱい負かしているから、よしとするしかない。でも、やっぱりこの馬の能力は生半可じゃないよ」。秋の盾で敗れたウオッカに先着し、3世代のダービー馬対決で最先着した。最も強い競馬をしたこともまた事実だ。
来年は凱旋門賞を最大目標とする海外長期遠征のプランを練っていたトレーナー。「負けたから大きなことは言えない。とりあえずゆっくり休ませる」と有馬記念はパスする意向。「(来年は)国内を使ってからにするのかを含め、オーナーと相談する」と控えめに話した。ただ、野心は全く衰えていない。「どんな競馬でも崩れない能力を持ってすれば、向こうでも通用すると思う」。敗戦の中にも確信は得た。「(勝てなかったことが)来年に残った課題」。この悔しさは異国の地で晴らしたい。
不発に終わった。いつもの豪脚は影を潜め、ウオッカは3着に敗れた。ハナを奪うような勢いの好スタート。1角でネヴァブションが外から先頭に立つと、闘志に火がついてしまった。コスモバルクも続くと3番手に控えるが、抑え切れない手応えで追走。最後は地力で盛り返したが、1、2着馬とは脚色が違った。
岩田は「あの位置なら、もっとはじけると思ったけど。この距離だと馬任せで行くと良くないのかなあ」と首をかしげる。土曜の京都6Rで落馬負傷。脳振とう、左前腕打撲・擦過傷で以降の5鞍を乗り代わるアクシデント。一夜明け、気迫の騎乗も実らなかった。
角居師も静かに敗因を振り返った。「流れが遅かったね。返し馬はリラックスしていたが、1頭で競馬をしているのではないので。何となくこの距離が長いような気はした」。勝負の世界は紙一重だ。ましてG1となれば、ちょっとしたことで明暗が分かれる。「脚は使っているけど、最後はみんな同じような脚色だった」と肩を落とした。
来年は海外遠征へ。今回が国内最終戦になる可能性もあったが、有馬記念のファン投票、第1回の中間発表では1位だ。昨年は11着に終わったグランプリ。コース、距離を考えると、ベストの舞台とは言えない。今後について、角居師は「オーナーと相談して決めます」と明言を避けた。
3着惜敗にがっくりと引き揚げるウオッカと岩田
伸び切れず… あとひと押しが利かなかった。道中で4番手につけたマツリダゴッホは4コーナーで抜群の手応えだったが、直線で思ったほど伸び切れずラストはウオッカにも競り負けて4着。蛯名は「頑張っているけどね。流れがもう少し速くなってほしかった」と語った。それでも、実績のなかった左回りで勝ち馬からは0秒2差。「あの位置からでもスッと抜けてきてくれれば良かったが、内容的には悪くなかったと思う」と悲観はしていない。有馬記念連覇でウップンを晴らしたい
有馬参戦は微妙 初めて古馬と対戦した菊花賞馬オウケンブルースリ。道中は内々でメイショウサムソンの直後のポジションにつけ直線でスパートをかけたが、自慢の末脚は不発のままで5着に敗れた。内田博は「一線級は違うね」と第一声。「道中の感じは良かったし、これならという気持ちはあったけど…」とトップクラスの壁にはね返されて残念そうな表情。今後について音無師は、「馬の様子を見てからになるけど」としながらも、有馬記念参戦には消極的だった。
有馬がラストラン 石橋守の表情に悔しさがにじみ出る。1年5カ月ぶりにコンビを組んだメイショウサムソンは直線で伸びきれず6着。「若いダービー馬に負けて悔しいです」と肩を落とした。「内でスムーズにいけたし直線も前はあいたけど…。外へ出して合わせるような形の方が良かったかもしれない」と振り返った。高橋成師も「瞬発力勝負になってしまったからね」と無念そう。松本オーナーは「有馬記念がラストラン。巻き返してほしい」とドラマチックな復活を願っていた。
スクリーンヒーロー…牡4歳。父グラスワンダー、母ランニングヒロイン(母の父サンデーサイレンス)。馬主・吉田照哉氏。生産・北海道千歳 社台ファーム。戦績・17戦5勝。重賞・08年アルゼンチン共和国杯に続き2勝目。総収得賞金・408,311,000円。鹿戸雄一調教師、ミルコ・デムーロ騎手ともに初勝利。