山下智茂氏、早鞆・大越基監督対談【5】元プロは特に意識しないと…非難が3倍、5倍
早鞆の大越基監督(45)が、プロ引退後に高校野球の指導者を目指した理由をデイリースポーツ評論家の山下智茂氏(71)=星稜総監督=に熱く語った。あえて技術論より人間形成に重きを置く姿勢は、元プロとしての理念でもある。また、プロアマの垣根が低くなったことで浮かび上がる課題にも言及した。
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-サイン盗みなどが指摘されることも。
山下智茂氏(以下、山下)「昔はやってましたからね。カーブだと思わせて真っすぐ投げるとか、高度な野球があったけど」
大越基監督(以下、大越)「二塁ランナーやランナーコーチから伝達をするチームはいっぱいあるけど、やめた方がいいと思います。昔ならいいと思う。でも、今はビデオが普及していくらでもそれができる機材もそろっている。だからこそやめた方がいい。高校野球ですから。自分は甘いと言われると思いますが、逆に防ぎ方もわかる。だからうちは、防ぐ方を考えようと思います」
-技術の一部であると昔は考えられた。
大越「元プロという自分の立場的に、しちゃいけないことはしちゃいけないんです。非難が3倍、5倍になって来る。しちゃいけないことは100%しないつもり。元プロの人は特に意識しないと絶対に言われるんですよね。だから元プロはしっかりしないと」
-投手と野手の両方をプロで経験したことも大きい。
大越「野球の本当の楽しさは野手になってから気づきました。自分は投手から野手になったけど、野手の方が野球をコーチから教わっている時に、その深さがわかってきて。しっかり見ようと思ったら、プロの投手でも癖とかがどんどんわかってきて、有利に働いていくこともわかった。投手は自分と相手バッターをどう打ちとるかだけだけど、野手になると総合的に野球を知らないといけない。特に内野、捕手はものすごい楽しいポジションじゃないかなと思う」
-家族とは離れているが。
大越「息子3人は全員野球をやっています。子供たちとはシーズン中はほとんど会えないです。福岡での練習試合で1泊して週明けに授業の前に帰ってくる。1週間に1回帰れたらいい。朝は食べずに昼は時間があれば食堂で、夜はコンビニとめちゃくちゃ体に悪い。もう中年なのに(苦笑)」
-縁もゆかりのないところだけに苦労も多い。
山下「僕は能登から金沢に来た時に部員8人でスタート。何もないから町の人をファンにせないかんと思って、朝5時頃から田んぼや畑のじいちゃんばあちゃんにおはようございますと“おはよう運動”をやりました。3年で春の石川大会で優勝したら、みんながすいかやキューリ、おにぎり作ってくれたりして、味方ができた。山口も石川も県立志向なんだね。だから私学で勝つのは難しいし、私学の先生は大変。全然知らないところに来てやるのは大変だと思う。特に名門の仙台育英から誰も知らないところでやるのは本当に大変だけど、反対にやりがいもあるでしょう。ただ、東北とは選手の気質も違うだろうね」
大越「違いますね。でも、昨夏の甲子園での仙台育英の決勝戦の戦いが自分の刺激になりました。あの後輩たちの頑張りが。負けている試合で満塁から走者一掃の三塁打を打った1番打者の子に鳥肌が収まらなくて、あれが刺激になりました。自分も負けてられないと」
-選手とのコミュニケーションをとる方法は。
大越「自分は待っている方なんです。高校生ってなかなか監督のところに自分からは来られないんですが、一人来たことがあります。エースが一緒にご飯食べましょうって。勝ったけど、試合後のミーティングでその子をめちゃくちゃ怒ったんです。その子も悩んでいたようで『大越先生、一緒にご飯食べましょう』って言ってきた。自分の方が差し込まれちゃって(笑)。『お前、誰か連れてくるの?』って聞くと、向こうは『2人で食べましょう』って言うし、緊張しちゃって(苦笑)。自分はコンビニ弁当で、向こうは自分の食事を持ってきて、家族の話したりしました。自分が呼ばなくても生徒が来るということが、ようやくできるようになってきました。それをしたかったんです。竹田先生のところには、震えながらノックして行っていました。しゃべりながら緊張で泣いていましたね。すると、やさしいんです」
山下「竹田さんはもともとは優しいよね。でもユニホーム着たら怖い。妥協がない」
大越「数年前まではキャプテン、副キャプテンを呼んで夜中3時くらいまで大説教とかしていたんですけど、それもやめました。指導方法を変えてみようと(待つことを)やってみたらエースが来てくれてびっくりした。(話すのは)精神論ですね。技術指導はしてないけど、彼はその後、ピッチングがよくなりました」
山下「変わるよね。自信になるんだね」
大越「高校野球では、これが大切なことなんだなって。これが指導か、みたいな感じを受けました。技術だけをポンポン教えてうまくなるんだったら技術ばかり教えますけど、違うような気がして」
山下「教師は人を見る目を養うことが第一条件だよね。(自分が監督を)引退してからは、生徒と接する高校野球っていいなってしみじみと感じますよ」(終わり)