名曲から“時代の象徴”が消えて行く
また昭和の名曲から“時代の象徴”が消えて行く。歌手・石川さゆりの代表曲「津軽海峡・冬景色」(作詞・阿久悠、作曲・三木たかし)には、「上野発の夜行列車」と「連絡船」という言葉が出てくる。「連絡船」とは、青森~函館間を結んだJRの「青函連絡船」のことで、昭和63年の「青函トンネル」開通と同時に廃止されてしまった。石川の歌が発売された昭和52年には、まだ北海道と本州を結ぶ重要な航路だったが、もはやその面影をしのぶには、函館港に係留された「摩周丸」と青森港に係留された「八甲田丸」の動かない2船しかない。歌謡曲は時代を反映した“流行歌”にほかならないが、石川の歌を聴く度に、なくなってしまったものへの哀愁と、後世にその存在をどう伝えるかという難しさを感じてしまう。
「上野発の夜行列車」も、ついに姿を消すまでのカウントダウンが始まってしまった。現在、上野から出る夜行列車は青森~上野間を結ぶ寝台特急「あけぼの」、上野~札幌間の寝台特急「北斗星」と「カシオペア」の3編成だが、「あけぼの」は来春のダイヤ改正で廃止。「北斗星」も2015年の北海道新幹線・新函館駅開業に合わせ廃止の方向で、「カシオペア」も将来的な廃止が検討されているという。昭和52年当時、上野発の夜行列車は“北”へのメーンルートで、東北本線、常磐線、奥羽本線、上越線を経由する特急・急行が大活躍していたが、時代の流れは残酷で飛行機と新幹線に乗客を奪われ、ついに鉄路から姿を消すことになってしまった。
鉄道ファンには当然大問題だが、歌謡曲の世界でも、これは見逃せない事態だ。前述したように後世に歌詞の意味や背景を説明するのが、とても難しくなってしまうからだ。一例を挙げると、昭和の名曲には「汽車」という言葉がよく出てくる。「汽車」とは昭和30~40年代までは、文字通り「蒸気機関車」が引く列車を意味していた。伊勢正三の「なごり雪」に出てくる「汽車」とは、列車の象徴的な表現で電車、気動車、機関車がひく列車全体を指すと思うが、今の都会っ子は「汽車」などという言葉は使わない。「電車」が鉄路を走る公共交通機関のすべてだと思っている。試しに20代の若者に「汽車ってなんだ?」と聞いたところ、「車のことですよね。中国ではそうですよね」と答えられた経験がある。「青函連絡船って知ってる」と質問すると、「連絡船は分かりますが、セイカン(青函)ってなんですか」と言われてしまった。石川さゆりの「津軽海峡・冬景色」もよほどの歌謡曲大ファンの若者でなければ、その歌詞の意味・背景さえ分からないんじゃなかろうかと不安になってしまう。
そんな状況の中で、心温まることがあった。44年ぶりにオリジナル・メンバーで再結成されたGSの雄「ザ・タイガース」の瞳みのるの存在である。あるラジオ局の番組の中で「歌の背景とかをちゃんと記録に残しておかなければいけないんじゃないか」とインタビューに答えていたし、再結成ライブの中でも、歌の背景などを解説する一幕もあったという。瞳は慶応義塾高校で漢文の先生をしていただけあって、歌の持つ意味、その背景を“遺産”として記録しておく重要性を肌で感じ取っているようだ。大月みやこは「歌う」ことで、名曲を継承し、瞳みのるは「記録・解説」することで名曲を後世に残す。瞳の意見には大賛成、そういう“仕事”をする人間がいないと、亡くなった阿久悠さんも三木たかしさんも連絡船も夜行列車も浮かばれないだろう。
(デイリースポーツ・木村浩治)
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