ソチへの不安…選手のメンタルケアは?

 もしもの場合、日本選手のメンタルケアは、どうなるのだろうか?

 ロシアのソチで行われる冬季五輪の開幕が2月7日に迫ってきた。日本選手団は前回のバンクーバー五輪で金0個、銀3個、銅2個の成績に終わったが、今大会は女子フィギュアスケートの浅田真央や男子フィギュアの羽生結弦、ジャンプ女子の高梨沙羅など有力選手が多数出場する予定になっており、冬季五輪としては空前のメダルラッシュも予想されている。だが、ここにきても解消されていない不安がある。五輪という大イベントがテロの標的にさらされる危険性が拭いされないからだ。

 昨夏の段階で、ロシア南部の北カフカス地方を拠点にするイスラム過激派の武装勢力指導者が、ソチ五輪を攻撃対象にするという声明を出している。また、チェチェン紛争が背景とみられる自爆テロもいまだに存在しているし、ソチから約680キロ離れているボルゴグラードでは路線バスなどが次々とテロの恐怖にさらされ、数十人の死者がでた。この状況にアメリカ政府は、五輪でロシアを訪問する人間に対し、安全の確保に万全を期すよう注意を呼びかける渡航情報を出した。オーストラリアでは外相が選手団の派遣見送りを示唆している。

 日本の外務省はホームページで「ロシアへ渡航・滞在される方は、テロや不測の事態に巻き込まれることのないよう、最新の関連情報の入手に努めてください。公共の場所に滞在する際や交通機関利用時には周囲の状況に注意を払い、不審な状況を察知したら、速やかにその場を離れるなど安全確保に十分注意を払ってください」とのコメントを掲載した。ロシアのプーチン大統領としては、国家の威信をかけてテロ防止に力を注ぐのは間違いない。現段階でもロシア政府はソチに警官4万人を集め厳戒態勢を続けているという。空港、駅での手荷物検査を厳重にし、五輪会場ではチケットのほかに、個人情報と交換で手に入れる「観戦者パスポート」の携帯を義務づける方針も固めていると聞く。さらに1月7日からはソチナンバーの車両や緊急車両、特別認可を受けた情報機関の車両以外はソチに入ることができなくなっているらしい。一説によると大会期間中、警備に関しては4万人近い分遣隊に加え、装甲車に乗った陸軍兵士らが巡回する予定だという。

 JOC(日本オリンピック委員会)の竹田恒和会長は6日、「ロシアが威信をかけて安全を守ってくれると信じている。選手は情報管理、危機管理意識を高く持って行動してほしい」と呼びかけ、危機管理マニュアルの作成などをほのめかせた。実際、選手だけでなく9日にはソチ五輪の報道説明会がJOC主催で現場取材記者らを対象に行われ、テロに対する安全管理マニュアルの配布や現地情報などについて説明もあった。現段階では実際に日本選手がテロに巻き込まれ、肉体的なダメージを受ける可能性はまずないだろう。

 ただ、日本という国はこれまでテロの脅威にさらされた経験がほとんどなく、自衛隊の駐屯地の近くに住む人間や米軍基地の多い沖縄などの住人を除けば、兵器、武装した兵士を目の当たりにすることはまずないといっていい。その環境下では、兵器や兵士を目の当たりにし、その中で競技をすることでストレスを感じ、精神的なダメージを受ける可能性は否定できない。

 考えられるのは極度の緊張感による急性ストレス性障害(ASD)や心的外傷後ストレス障害(PTSD)だ。ASDは、生死に関わるような恐怖やショックなどのトラウマ(心的外傷)を体験した後に起こる一過性の精神障害。発症後、通常は2日から4週間以内に自然治癒するらしいが、トラウマ体験のフラッシュバック、それを連想するような状況を避けようとする回避行動や不安による不眠を引く起こすケースがあるらしい。五輪競技ともなれば、わずかな精神の乱れで、競技のパファーマンスが落ちることは間違いない。出場する各国とも条件は同じという人もいるかもしれないが、日本には民族紛争もなく、平和憲法の下、軍隊を持っていない国だけに、ものものしい警備を目の当たりにしただけでショックを受け、その後遺症が発生する可能性は無視できないであろう。

 また、4週間以上経過しても症状が続く場合、PTSDの可能性もある。PTSDは地震、洪水などの災害、テロ、産業事故、交通事故、犯罪被害、暴力被害などのトラウマ体験の後に、再体験や回避などトラウマに関連する特徴的な症状がみられることだ。こうなると有効性には限界があるが、セラピストとの会話を通じての心理療法、また薬物療法の必要がでてくる。PTSDの予防法としては災害などの2~3日後から1週間目までの間に行われるグループ療法(心理的デブリーフィング)もあるらしいが「将来的にはかえって悪化させる」と否定的な意見を述べる専門家もいる。

 五輪は参加することに意義があるが、出場選手の誰もが心身ともに最高の状態で頂点を目指して戦って欲しいと思っているのは私だけではないだろう。選手の精神状態を維持するため、メンタルケアの専門家を帯同する競技、選手もいると聞く。だが、果たしてASD、PTSDに対応する専門家が選手団に帯同するのだろうか。今からでも遅くはない。専門の医師やカウンセラーもソチに連れて行ってもらうことはできないだろうか。(デイリースポーツ・今野良彦)

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