氷上の“ON”がソチで決着つける
真冬の祭典・ソチ五輪が、まもなく開幕を迎える。41歳で史上最多の7回目の冬季五輪に出場するジャンプの葛西紀明。フィギュアスケートの浅田真央とキム・ヨナの再戦。5度目の正直でメダルに挑むモーグルの上村愛子。見どころはたくさんあるが、記者が最も注目するのは、スピードスケート男子500メートルだ。
ともに金メダル候補として臨む長島圭一郎と加藤条治。4年前に取材したバンクーバー五輪で、同時メダル受賞の快挙に立ち会った。インスタート、アウトスタートの2本を滑っての合計タイムで争うのが500メートル。1本目で6位と出遅れた長島が2本目で参加選手中最高タイムを出す。直後に滑った加藤は、1本目で3位。2本目は最初の100メートルを金メダルを予感させる好タイムで通過したが、力んで失速した。結果は長島が銀。加藤が銅だった。
同じ日本電産サンキョーに籍を置く。だが、チームメートという関係とは、ほど遠かった。当時、2人が会話する姿は、ほとんど見ることはなかった。仲が悪いわけではない。2人とも口にこそしなかったが、最も身近にいるライバル。そんな位置づけだった。
会話はなくとも、練習する姿は目に入る。相手の滑り、相手の出したタイム。お互いを意識して、切磋琢磨(せっさたくま)する。同じチーム内でその実力を認め合い、お互いを高め合う。野球で言えば巨人のONのような関係だった。
「加藤は練習が終われば、みんなを連れてメシに行く。長島は部屋にこもる。タイプがまったく違う」。関係者がそう話したことがある。2人のスケートのスタイルもまったく異なる。長島は「世界一美しい」と表される、状態の低いフォームから、スピードを維持する。加藤は爆発的なスタートダッシュから、「翔ぶように」滑走する。好対照な2人が、たたき出すタイムは世界トップクラスなのだ。
バンクーバー五輪の4年前。トリノ五輪にも2人は出場している。世界記録保持者として、V候補として臨んだ加藤は6位、当時無名だった長島は13位だった。2人で出場した2度目の五輪がバンクーバー。同じチーム、同じ空間で過ごした4年の期間が、長島の素質を開花させ、2人を好敵手に変えていた。
バンクーバー五輪男子500メートル表彰式。満面に笑みを浮かべる長島と、悲しげな加藤の表情を、いまでも思い出す。
長島は言った。「同じチームでやってきて、何も気にすることはなかったけど、どこかで負けたくない気持ちはあった。勝ってよかった。日本人で1番ってことで」。勝ったことで、初めて加藤に対するライバル心を表に出した。
加藤も言う。「てっぺんが取れなくて、かなり悔しい」。トリノ五輪でなしえなかった金メダルへの挑戦は失敗に終わり、長島に敗れた屈辱をにじませた。そして続けた。「競技を続ける。続けていけばピークは上がる」。4年後、つまりソチ五輪での、長島に出した挑戦状だった。
今季のW杯では加藤が優勝1回、長島が2回。全日本選手権では加藤が優勝、長島が2位だった。ソチでは長島が前回の銀を超える金を、加藤も悲願の金を目指す。
1月に日本電産サンキョーで行われた壮行会では、今村俊明監督の「同タイムで金メダルを取る予定」という言葉に、2人は首を横に振ったという。金メダルは1人でいい。氷上のON対決に、決着をつける。
(デイリースポーツ・鈴木創太)