阪神Vのカギ握る“意外な1球”

 日本人捕手で初めて海を渡り、ダイエー、阪神で一時代を築いた城島健司氏。12年に行われた引退会見では、涙ながらに中継ぎ投手への感謝の思いを口にした。

 「チームが勝つために無理な配球をしたこともあった。それでも黙ってうなずいて投げてくれた」。この言葉にこそ、正捕手の責任感がにじんでいる。

 ペナントレースは144試合。データ全盛の時代、必ず配球パターンや傾向はつかまれる。捕手として必要なのは緊張感漂う中で、自分の引き出しを数多く開けられるか‐。阪神が巨人と激しく首位を争っていた2010年8月。城島氏は巨人の主砲・阿部に対し、9球連続で内角高めの直球を要求したことがあった。

 投手は安藤。阿部もファウルで粘るに連れ、徐々に右足を開きながら内角にヤマを張っていった。最後は右翼ポール際に飛び込むソロ本塁打。すでに勝敗が決した中での徹底した内角攻めに「もっと勝負所は先にある。負け試合をただの負け試合で終わらせることはできない。安ちゃんには本当に申し訳ない」と明かした。

 「大差がついた中でマスクをかぶらなきゃいけないのは正捕手」。城島氏は常々、そう語っていた。先を見据え、データにない配球を見せる。意外な1球が与える打者への残像は、長いペナントレースを戦う上で計り知れない効果がある。

 昨年、阪神が失速する原因となった8月末の巨人3連戦(東京ドーム)。その第1戦、追いかける阪神は中盤に2死満塁と一打逆転のチャンスをつくった。打席には4番・マートン。その初球、阿部はど真ん中の直球を要求してストライクを奪った。これまでピンチの場面では必ず変化球から入っていた阿部が見せた意外な1球。マートンが「いろいろ考えすぎてしまって手が出なかった。びっくりした」と語っていたほど、打席の中で混乱をきたした。

 結果、巨人バッテリーは見事にピンチを脱し、直前まで7連勝と勢いに乗っていた阪神打線を止めた。3連敗を喫した阪神は失速。最終的には10ゲーム差以上をつけて巨人がリーグ連覇を達成した。

 敗北の責任を背負い、周囲に何を言われようとも勝ちに徹することができる正捕手の存在。楽天の嶋、巨人の阿部、中日・谷繁‐。優勝するチームにはそんな強い捕手の存在が必要不可欠となっている。

 昨年、球団が調べたデータでは、他球団と比べて圧倒的に内角への配球の割合が低かったという。もちろん右翼から浜風が吹く甲子園では、右打者に対しては外角を多用した方が有利ではあるが「それにしても内角を攻めきれなかった。だから終盤になって、他球団の打者が思いきって踏み込んできた」と山田バッテリーコーチは明かしていた。

 メディア、評論家の目が厳しい関西では、一発の危険性をはらむ内角を要求することに、ためらいが生まれても不思議ではない。一方で攻めきれなければ、データがそろう終盤に痛打を浴びて失速するケースがここ何年も続いている。

 「内角をいかに攻めきれるか」‐。今季の首脳陣の考えは一致している。それを導き出すのは何事にも動じない正捕手の存在。年明けには、DeNAへFA移籍した久保の人的補償で鶴岡を獲得した。藤井彰、鶴岡、日高、清水ら捕手陣が、9年ぶりのリーグ制覇へカギを握っている。

(デイリースポーツ・重松健三)

編集者のオススメ記事

コラム最新ニュース

もっとみる

    ランキング

    主要ニュース

    リアルタイムランキング

    写真

    話題の写真ランキング

    注目トピックス