サリーとジュリーの絆を象徴する曲とは
俳優・岸部一徳(67)が出演するフジテレビ系ドラマ「医龍4~Team Medical Dragon~」の今月13日放送回で、長男のミュージシャン・岸部大輔(34)が父の医学生時代を演じて話題になった。改めて岸部一徳という役者の存在を感じながら、ふと、1月29日の東京・渋谷公会堂を思い出した。岸部はその夜、ザ・タイガース時代の盟友・沢田研二(65)の正月ライブに来場していた。
昨年12月、岸部はタイガース再結成ツアーで久々にベースを弾いた。1971年のタイガース解散後、沢田と行動を共にしたバンド「PYG」、そして沢田がソロ歌手、もう1人のボーカル・萩原健一(63)が俳優にシフトしてフェードアウトした後の井上尭之バンドでも、岸部は日本有数のベーシストとして活躍した。
ちなみに、岸部は日本の“国民的刑事ドラマ”だった「太陽にほえろ!」(日本テレビ系)のメーンテーマ曲でもベースを弾いている。PYGのメンバーで元スパイダースの大野克夫が作曲し、井上尭之バンド(大野も在籍)が演奏したわけだが、岸部は72年の放映開始から本格的な俳優転向(75年)の前、つまりテキサス刑事(勝野洋)の登場(74年)あたりまで演奏していたので、現在、40代後半(当時小学生)以上の世代は、意識せずとも、その演技と同様、重厚なベースラインをリアルタイムで耳にしていたと思う。
それ以前では、岸部が作詞したPYGのデビューシングル「花・太陽・雨」(71年)が「帰ってきたウルトラマン」(第34話)の劇中で挿入歌として突然流れたことがある。聞き慣れない哲学的な歌詞と当時“ニュー・ロック”と称された曲調に、面食らった(?)子どもたちも少なくないだろう。
そんな彼がベースを置き、俳優に専念して今年で40年目。映画「死の棘」(90年)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞に輝き、近年ではテレビドラマ「相棒」(テレビ朝日系)での懐の深い演技が印象深い。再結成ツアーという昨年末の大仕事を終えた岸部は、タイガースの同僚でギタリストの森本太郎(67)と並んで座った客席から、沢田のライブを見つめていた。“ジュリー(沢田)”はステージで“サリー(岸部)”の存在を意識していたのだろうか?MCでは、岸部の人柄を感じさせるエピソードが披露された。
詳細には触れないが、初日の日本武道館公演(12月3日)で、あるメンバー同士がステージ上であわや一触即発となった際、「その間に割って入ろうとしたのがサリーだった」(沢田)という。もちろん、本当にシャレにならない事態ならファンの前で公言はしない。60も半ばを過ぎた表現者たちの共同作業だ。全く波風も立てずに一方向に向かうことの方が難しい。互いのこだわりゆえ、一瞬とはいえ“対立”したメンバーの個性の強さと、「空中分解の危機(※ジョークも交えたニュアンスで)」(沢田)を救う緩衝材の役目を担った岸部のキャラクターを引き出した、ジュリー一流のMCだった。
東京ドームでの最終公演(12月27日)後の「打ち上げ」にも触れていた。メンバーが1人ずつ帰り、最後に残ったメンバーが沢田と岸部だったという。「どないしょ?」というジュリーに、サリーは「いこか」。2人はスタッフとともに二次会へ。沢田は「ちなみに次の日も一緒でした(笑)」と、岸部と“連チャン”で酒席をともにしたことを明かす。「僕より2つ上ですよ、元気やわぁ。サリーはえらい!」。ジュリーとサリーの絆の深さを実感させられた。
そういえば、沢田が主演した75年のTBS系ドラマ「悪魔のようなあいつ」が再結成ツアーのあった昨年12月にCSで再放送されていた。役者に転向したばかりの岸部はこの連続ドラマの途中から登場する。個人的には、「友を後押ししたい」という沢田の思いも、このキャスティングに反映されていたのではないかと思っている。ドラマの主題歌は、阿久悠作詞、大野克夫作曲の「時の過ぎゆくままに」。岸部(当時は修三、翌年から一徳に改名)にとっては、プロのベーシストとして弾いた最後の曲だった。
それから40年目。沢田は岸部を客席に迎えたライブで「時の過ぎゆくままに」を熱唱したが、実はその曲、構成上は浮いていたのだ。憲法9条を守りたいという願いを込め、その行く末を憂えるバラード「我が窮状」(※9条を窮状にかけている)や、福島からの目線で脱原発を訴える「F・A・P・P」(フクシマ・アトミック・パワー・プラント)といった、近年、日本の現状への危機感を持って書き上げた自作詞の曲を含むレパートリーが続いた本編中、誰もが知る往年のヒット曲で唯一歌われたのが「時の過ぎゆくままに」だった。
「ヒット曲も歌わんと、こむずかしい歌ばっかりで。みなさんの気が休まるのは『時の過ぎゆくままに』くらいでしょうか?いや、むしろ『それやるの!?』みたいな雰囲気もありますが…。いや、やるんですけどね!」。ジュリーの「でも、やるんだよ」宣言。サリーはどんな思いで「時の過ぎゆくままに」を聴いていただろうか。この曲には濃密な2人の歴史が詰まっている。
沢田は3月27日から5月24日まで、東京を皮切りに、北九州、大阪、広島、栃木、名古屋、札幌で毎春恒例の音楽劇に臨む。今年の演目は「悪名」。勝新太郎が田宮二郎との名コンビで大ヒットした映画シリーズを下敷きにした舞台で、沢田は勝の当たり役“八尾の朝吉”を演じる。あの日のMCではこんな言葉も飛び出した。「新聞読んでたら、勝新さん(の記事)が出ていて、あの人は65歳で亡くなったんですね。(今の自分と同じ)65やて…。自分も、いつ死んでもおかしない年なんですよ。止まった時が最後やと」。
止まった時が最後‐。ジュリーの覚悟を示す言葉だった。そして、客席のサリーも“うん”と心の中でつぶやいた、ような気がした。=敬称略(デイリースポーツ・北村泰介)