右肘手術の釜田 1年後の復活待ちたい
リーグ優勝、日本一に沸いた影で、昨年、1人の投手がもがき苦しんでいた。釜田佳直。一昨年、ルーキーでいきなり7勝を挙げ、新人王争いを展開。ポスト田中将大としても期待された右腕が、昨年は1勝に終わった。昨年11月末に、右肘にボルトを入れる手術を決断。「高校時代から同じ所を何度も疲労骨折していたので、今回手術しようと。早い時期にすることで、前向きに考えたい」。発表の日に会見に応じた釜田の、気丈に振る舞う姿が印象的だった。
仙台市内病院で受けた手術。その時点で、開幕は絶望的、春過ぎあたりと目標を定めていたが、キャンプ中にさらなる試練が訪れる。右肘内側側副じん帯の再建手術。2軍で調整を続けていたが、状態が思わしくなく、新たな手術を決断したそうだ。
松坂大輔、桑田真澄氏らが受けた、いわゆる「トミー・ジョン手術」を、今年2月末に群馬県内の病院で手術を済ませた。「野球ができないことはつらいですが、絶対にカムバックしてみます」と球団を通してコメント。全治は最低でも1年。今年、成人式を終えたばかりでまだ入団3年目。つらすぎる現実だと思う。
甲子園で活躍し、ドラフト2位で楽天に入団。星野監督は、デビューの地としてふさわしいだろうと、甲子園での阪神との交流戦に定めた。プロ初戦の釜田、その試合で、最速153キロを計測。若さと勢いで、底知れぬ可能性を感じさせた。
さらに同年6月13日の巨人戦でプロ初完投、8月16日の日本ハム戦でプロ初完封を記録。その年のセ、パそれぞれの優勝チームである。星野監督は日本ハム戦の試合後「スゲえヤツだな!」と言った。将来のエースになると、誰もが思った。
だが、終盤から疲れを見せ始め、昨年のキャンプで首脳陣はその異変にすぐに気づいた。「躍動感がない」。結局その年の1勝も、中継ぎとして手にしたものだった。右肘は静かに、だが着実に悲鳴を上げていた。
20歳とは思えないほど、落ち着いていて、色んな知識も持ち合わせている。聞けば、相当な読書家だという。球団関係者が貸した「永遠の0」。最近は映画でも話題を呼んだこの作品を、釜田は2、3日で読み切ったそうだ。私も最後まで読んだが、1週間くらいかかった。
確かに野球以外のことも積極的に吸収しようとする。一昨年のオフに仙台市内で行われたイベント。藤田、嶋ら主力とともに参加し、その待ち時間に、本番でギターを披露するために練習していた鉄平の横で、指の動きや音を見ながら、リズムを取って熱心に聞き入る釜田の姿をよく覚えている。
新人の松井裕が大きな可能性を見せ始め、2年目の森も出てきた。現在の先発ローテーションは則本、塩見、辛島、美馬、松井裕、森。最年長の美馬が27歳と、実にフレッシュな顔ぶれだ。田中が抜けた穴は大きいが、若い力は能力やデータでは計り知れないものがある。153キロを出した、あの時の釜田の姿がまさにそうだ。
1年間、釜田は何を考え、どうやって過ごしていくのだろう。道のりは長く険しいが、絶対に克服して帰ってくる人間だと確信している。チームがさらに上のステップへいくために、背番号「21」の復活を誰もが待っている。
(デイリースポーツ・橋本雄一)