福知山成美エースの父は「鉄人」の恩人
甲子園球場のスタンドにハンチング帽を目深にかぶったオッサンの姿があった。マウンドをジッと見つめながら、微動だにしない。
「このまま時間が止まって欲しいと思うくらい、うれしいな」
そんなコメントが、22日付けデイリースポーツの片隅に小さく載っていた。
第86回選抜高校野球大会に出場する福知山成美(京都)のエース石原丈路投手(3年)の父親は、昨季までプロ野球の阪神タイガースでトレーナーを務めた石原慎二さん(50)。孝行息子の甲子園初マウンドを、父は胸が張り裂けそうな思いで見守った。
21日の1回戦、山梨学院大付を9回5安打2失点に抑えた石原丈路は中学時代、父親に連れられ、甲子園球場の芝上でキャッチボールをした経験がある。
「特権」のおかげで慣れ親しんだ聖地は懐かしかったが、その表情は相手投手よりはるかにこわばり、「これだけ緊張したのは小学生以来」と、ガチガチだった。
「甲子園1勝、おめでとうございます」と声を掛けると、父親から「ありがとう。次も応援よろしくな」と照れくさそうに返された。
石原さんと私の出会いは、07年。当時、阪神担当の記者だった私は、石原トレーナーのことが苦手だった。何を聞いても「知らない」「どうやろな」と、取材にならない答えを返される。「オレは新聞記者は好きじゃない。記者とは一度もメシに行ったことはない」。まともに交わした最初の会話がこうだったから、たまらない。
そんな堅物トレーナーとまともに話すようになったのは、08年オフ。金本知憲が左膝の半月板損傷を負って手術したのだが、「鉄人」のリハビリ担当を任されたのが、当時、チーフトレーナー補佐を務めていた石原さんだった。金本のリハビリを取材するためには、この堅物なオッサンを攻略せねば。そんな思いで、慎重に質問をぶつけた思い出がある。
石原さんとの二人三脚で地道なリハビリを乗り越えた金本は、重傷を克服した。アニキは同年の開幕戦で殊勲の三塁打を放ち、逆転星の立役者になった。
「三塁まで走りながら、真っ先に石原さんの顔が思い浮かんだよ。あのハゲた頭がね。リハビリから、つきっきりで面倒を見てくれた石原トレーナーに感謝したい」
ヒーローインタビューで金本が唇を振るわせながら、京セラドームの大観衆を沸かせている。記者席から石原さんに電話すると「オレのことはいいから、カネのいい記事を書いてやってくれ」と…。
連続試合フルイニング出場の世界記録を打ち立てた金本の鉄人伝説は、この堅物トレーナーの功績抜きには語れない。
昨冬、珍しく石原さんから連絡があった。
「突然だけど、タイガースをやめることになったよ。長い間、世話になったな」
守秘義務を徹底するため、球団外の人間とは一線を引いて付き合っていた石原さん。球団職を辞した今はもう、記者を“嫌う”理由はなくなった。
「また、機会があれば、今度は息子の記事、書いてやってくれないか」。目尻にシワの増えたオッサンが、優しいお父さんの顔でそう言った。(デイリースポーツ・吉田 風)