中島貞夫の遺伝子~台頭する30代監督
日本映画界で今、「ダイゲイ」出身の30代監督が台頭している。
“ダイゲイ”とは大阪芸大の略称。昨年、松田龍平主演の「舟を編む」で日本アカデミー賞6冠など数々の映画賞に輝いた石井裕也(30)、元AKB48・前田敦子と組んだ「苦役列車」「もらとりあむタマ子」の山下敦弘(37)、卒業制作「鬼畜大宴会」(98年)の衝撃デビューから「海炭市叙景」「夏の終わり」などコンスタントに作品を生み続ける熊切和嘉(39)、今年4月から公開中の新作「そこのみにて光り輝く」が評価を得ている呉美保(37)…。大阪芸大で彼らを指導したのは「映画監督・中島貞夫」だ。デイリースポーツ芸能面(毎週火曜)でコラム連載中の中島を京都市内で直撃し、その背景をうかがった。
中島は1987年から約20年間、大阪芸大の映像学科で教授、さらに学科長として後進の指導に当たった。冒頭の顔ぶれに加え、本田隆一(GSワンダーランド)、柴田剛(おそい人)といった監督たち、山下監督と在学中からコンビを組む脚本家・向井康介らがその時期に学んだ“中島チルドレン”だ。彼らを貫くのは中島流「現場自由主義」だった。
「我々の世代は撮影所システムの流れの中で、いろんな監督に接し、映画の作り方は現場で学んだ。助監督から始めて3、4年で映画が作れるようになっていた。そんな京都の映画作りの伝統が消えちゃうなという時に、大阪芸大から話がありましてね。大学に行くと、学生は8ミリとかビデオで映画のマネゴトみたいな物を作っていた。撮影所で育った人間としては『こんなんでは映画の勉強にならへんよ』と思ってね。当時、テレビ局がフィルム撮影をやめていたので、使わなくなった16ミリカメラをかき集めて、フィルムで映画を作れと徹底した。“映画バカ”が結構いましてね。お利口さんはあまりいないんだけど(笑)。とにかく、フィルムで1本映画を作れと。それだけを言い続けました」
東映京都撮影所で育った中島がまいた種は、教授就任から10年ほどで実り始める。キャンパスは山に囲まれた南河内郡河南町にあるが、全国から学生(※本稿に列挙した人物は北海道、関東、静岡、三重、徳島の出身。そういえば、関西人がいない…)が集まり、90年代半ばから後半に在籍した熊切や山下&向井らがプロになっていく。
「その中で1番目立ったのが熊切。あいつが『鬼畜大宴会』(70年代初頭の学生運動、内ゲバが題材)というムチャクチャな映画の台本を持ってきた。『お前、やってもいいけど、これに夢中になったら卒業できねぇぞ。留年して、やる気があるならやってもいい』と言ったら、『留年します』。『じゃ、やれ』と。その下に山下がいて、向井は僕がずっとシナリオを見ていた。大阪芸大に20年いた中で、シナリオ書きでは向井がトップでしたね。熊切や山下で芸大のカラーができた。大学で映画を作るいい点は『自由である』ということ。企業が絡めば自由はなくなるわけで。何をやってもいい。とにかく『自由』を大前提にした。そして“名刺”(大阪芸大にいた証となる作品)を作れと。あとは能力の問題だから」
細かいことは口に出さない。ただ、名刺代わりの1本を残せと伝えた。その中から、学生映画の域をはるかに超えた熊切の「鬼畜大宴会」、山下&向井の「どんてん生活」(99年)が生まれ、その流れは00年代に在学した次世代の石井へとつながる。
「僕の印象では熊切あたり(の世代)が最初でね。まぁ、それ以前にも面白いやつはいたんだけど。それで、石井あたりが最後ですね。石井の時、僕は研究所の所長とか学科長とか役職をいっぱい付けられて、大学院も作らされて忙しい時期だったので、シナリオ直しとかロケのちょっとしたアドバイスくらいだったけど」
石井は卒業制作「剥き出しにっぽん」(05年)が評価され、その流れで撮った満島ひかり主演「川の底からこんにちは」(09年。翌年には満島と結婚)でブルーリボン賞監督賞を史上最年少の28歳で受賞。脚光を浴びた昨年の「舟を編む」を経て、今月24日には新作「ぼくたちの家族」(妻夫木聡主演)が公開される。
「石井は(熊切や山下の)芸大タッチとは違うけれど、『舟を編む』のような、ああいう地味な作品も、また違う形でありというか。いいものが出てくるんじゃないですかね」
中島は今年3月の第6回沖縄国際映画祭で審査委員長を務めた。1番注目した監督を問うと、「品川ヒロシ(芸人・品川祐)」と即答。「素晴らしいんですよ、彼の『サンブンノイチ』って映画がね。ものすごく吹っ切れていて、石井輝男と深作欣二を一緒にしたようなシャシン(映画)でね(笑)。すごく勉強している。完成度なら他の出品作の方が高いかもしれんけど、品川にはパワーと新しさがあって強引に賞(特別賞のゴールデンシーサー賞)を出しちゃった」。かつての北野武監督と同様、芸人という異業種から映画界に殴り込んだ品川に対し、中島は「石井と深作」という、同じ東映でアナーキーな作品を量産した、今は亡き先輩と同世代のライバルの名を最大級の賛辞として重ねた。
この品川評通り、うまさや円熟味より、既存の価値観を破壊し、逸脱していく荒削りな才能を支持する。今年で80歳となる中島だが、「鉄砲玉の美学」など70年代の自作を貫くアナーキズムは、いまだ健在だ。「(石井、品川ら)若い連中が今までとは違う出方で確実に出て来てますね。僕も最後に一本、なんとか撮らなイカンのだけど…」。少しはにかみながら、新作への意欲を示すのだった。まだ現役感は失われていない。98年の「極道の妻たち 決着」(※6月7日には東京・ラピュタ阿佐ヶ谷で同作上映後に中島監督トークショーを予定)以来となる、21世紀最初の新作も見てみたい。=敬称略=(デイリースポーツ・北村泰介)