“昭和の戯作者”鈴木則文監督の秘話

 「トラック野郎」シリーズなどで知られる映画監督・鈴木則文(のりぶみ)さん(享年80)の死が報じられて一夜明けた5月17日、都内の映画館「ラピュタ阿佐ヶ谷」で行われた“追悼上映”に一観客として参加した。

 その死を受けて上映されたというわけではなく、脚本家・高田宏治氏(80)の特集上映内の1作として4月から予定されていた鈴木監督作品「シルクハットの大親分」(70年)が、結果として“追悼”という形になったのだ。

 同作に出演している元「ピラニア軍団」の志賀勝(72)と故川谷拓三さんの長男で映画公開年に生まれた仁科貴(43)という世代を超えた2人の俳優による上映後のトークショーも目当てだったので、2時間半前に会場に行くと、既に満席。かろうじて通路に座布団で座らせてもらえたが、それ以降に来られた人は場内に入れない状況で、改めて映画ファンの熱を感じた一日だった。

 高田氏は告別式から喪服姿で会場に駆けつけた。「仁義なき戦い・完結編」「北陸代理戦争」「鬼龍院花子の生涯」…といった名作を量産した希代の脚本家も、この日ばかりは生涯の友を亡くした1人の男として、上映前にスクリーンの前で“ソクブン(ファンには、この音読みが浸透している)”を語った。プライベートな“ここだけの話”は割愛するが、記憶に残った映画人としての言葉を、会場に来られなかったファンにお届けしたい。

 「ソクブンさんのことを我々は“コウブンさん”と呼んでいた。(議論などで)すぐ興奮(コウフン)するからコウブン。すぐ覚めるんだけど(笑)。そういう付き合いでした。片山津(石川県の温泉街)にロケハンに行った時、コウブンさんはタクシーから夜空を見上げながら、『高田君、満点の星から一つ一つの光が我々に当たっているけど、とおに死んでしまった星もある。遥か昔に死んだ星の光を俺たちは浴びて生きているんだ』と言うんです。その時は答えようがなくてね。その話を、昨夜、きれいな満月を見ながら思い出しました」

 「星」を「映画」に置き換えてみると、しっくりくる。

 「映画は一期一会、見た人々の記憶の中に生きていると思って映画人生を送ってきたが、ビデオやDVDの普及で過去の映画を自由に見られるという時代になり、製作時と同じリアルタイムの鑑賞でなくても、感動に揺すられることもあり、映画のいのちは決して花火のように短くはないと思うに至った」(鈴木則文著「新トラック野郎風雲録」より)

 2000年代、長らくソフト化されていなかった作品が続々とDVD化され、特集上映の会場では初めてスクリーンで見る20~30代の若い世代にも支持された。作品に関わった人間がすべてこの世から消えても、映画は“星の光”として(同書では“花火”として)、どんなに時間を経ても「今、見ている人」に届くのだということを本人も実感されていたのだろう。

 さらに核心を突く高田氏の言葉があった。「花を撮っても、糞尿を撮っても、同じ臭いを嗅(か)がせられたのが『鈴木則文の技(わざ)』だと思う」。藤純子(現・富司純子)という女優の存在を確立した「緋牡丹博徒」シリーズ(68~71年の全7作で脚本、うち第2作「一宿一飯」を監督)の様式美から、小中学生目線の下ネタがあふれる「パンツの穴」(84年)に至るまでの振り幅の広さ。川谷さんが菅原文太演じる星桃次郎のライバルとして出演した「トラック野郎」シリーズ第7作「突撃一番星」(78年)では、肥だめのオケを担いで突然現れた故・由利徹さん(鈴木作品に欠かせない生涯一喜劇役者)が期待通り、そのオケの中身を桃次郎の“デコトラ”にぶちまけていた。画面から臭ってきた。

 その川谷さんは鈴木監督による人気漫画の実写版「ドカベン」(77年)で、秘打を編み出すピアニスト&高校球児「殿馬」を当時36歳で“怪演”した。その縁は深い。イベント終了後、“拓ボン”の遺伝子を継ぐ仁科がそっと明かしてくれた。「うちの親父(川谷拓三)が則文さんの引っ越しの手伝いに行った時、『本棚に吉永小百合さんの写真集しかなかった』と言っていました」。分かりやすいくらい、美しい女性が好きだったようだ。

 “美の象徴”だった富司純子が吉祥寺で告別式に参列したこの日、同じ中央沿線の阿佐ヶ谷で上映された「シルクハット~」は「緋牡丹~」の人気脇役・熊虎親分(故・若山富三郎さん)を主役に据えたスピンオフ作品。ラストのクライマックスでは「藤純子」が闇夜の中から登場した。最初は暗がりで顔が見えず、少しずつその正体が光と共に明らかになっていく演出だった。

 鈴木監督作品は65~90年で55本。うち「シルクハット~」など7本で脚本を担当した高田氏は「あの藤純子登場シーンは鈴木則文の面目躍如。本当にカッコいい。彼は『昭和の戯作者』の代表です。戯れて作る人。とにかく人を驚かせてやろう、喜ばせてやろうという事ばかり考えていた」と語った。“コウブン”さんは死して、皮ならぬ、映画という「光」を残した。この先もずっと見る人を照らしてくれる。=一部敬称略

(デイリースポーツ・北村泰介)

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