全身脱毛症と戦う女子プロレスラー
2014年9月29日
「意外と脱毛症に気づく方はいなかったんです。普段はウィッグをつけてましたし。ファンの方から“髪の毛を出したほうがいいのに”と声を掛けられることもありました」
体毛が無くなったことで様々な変化があった。眉毛がないことで、試合中は目に入ってくる汗に苦しんだ。鼻毛がなくなり風邪を引きやすくなった。そして何より頭髪がないことの虚無感。「ある時、テレビから“髪は女の命でしょ”みたいな言葉を聞こえてきたんですけど、でも私の頭には毛がないわけで。前向きに考えるようにはしてたんですが…」。普段はオシャレを楽しみたい20代半ばの女性。自分が“普通でない”ことは、下野の心に大きな影を落とした。
脱毛症の影響かプロレスでも伸び悩み始める。ジュニア二冠王座は年下の選手に敗れて陥落。黒星を重ねるようになり、14年春から始まったリーグ戦では、1勝もできずに予選敗退する屈辱を味わった。女子プロレス界の“期待の星”は、出口の見えない暗闇でもがいていた。
◆アクシデントが転機、全身脱毛症を告白
転機は突然に訪れた。8月3日のボートレース場でのイベント試合中、頭のバンダナが取れてしまったのだ。プロレスを初めて見る観客も多い中、突然現れたスキンヘッドに笑い声も上がったという。予想外のアクシデントに下野はパニックになった。
「やばい!って。一瞬、素の自分に戻って、周囲の声が全く聞こえなくなってしまって…」
何とか試合を終えたものの、リング上で髪のない頭をさらしたのは初めてのこと。ひどく落ち込んだが、同時にある思いが湧き上がってきた。「ちゃんと公表する時が来たんじゃないか」。現実と向き合い、ありのままの自分を見せるべきなのではないか、と。
その4日後、東京・新木場での試合開始前に、下野はバンダナをつけずに登場。会場がどよめきに包まれる中、自分の口から全身脱毛症であることを告白した。
「打ち明けてスッキリしたのと、お客さんからも温かい言葉をもらってホッとしたのと。さすがに“坊主も似合うよ”と言われた時は複雑でしたけど(笑)」
◆「次のステップに」恩人との一騎打ち
9月21日、全身脱毛症を公表後初となる、ご当地での大女興行。下野はメーンで桜花由美(おうか・ゆみ)との一騎打ちが組まれていた。この一戦は、下野の強い希望により実現したカードだった。
「桜花さんはデビューの時から自分を見てくれた人。脱毛症を公表したこのタイミングで、桜花さんに自分の全てをぶつけたかった。そうすることで次のステップに進めるような気がしたんです」
顔面に蹴りを食らい何度もマットを舐めたが、そのたびに会場に響き渡るような雄叫びを上げて立ち上がった。自慢のパワーで攻め込み優位に立つ場面もつくったものの、キャリア14年目の実力者との差は明らか。脅威の粘りも届かず16分9秒、精魂尽き果てた下野は敗戦の3カウントを聞いた。
結果だけを見れば若手がベテランに完敗した試合。しかし、それだけではないことを桜花は感じ取っていた。「自分をさらけ出していきたい、という思いを感じました。試練を乗り越えた時に、必ずもっと大きくなれる。その力が彼女にはあると信じています」。会場の片隅から愛弟子を見つめていたGAMIも「まだまだやけど、吹っ切れた感が出てきたね」とうなずいた。再スタートを印象づける下野の奮闘ぶりに、客席からも大きな拍手が送られた。
◆周りと違うことをマイナスにならないで
全身脱毛症になる前から“全力でプロレスに打ち込む”という姿勢は全く変わらない。ただ、プロレスラーとしての使命は以前よりも強く感じるようになっているという。
「同じ悩みを持っている人もいるだろうし、脱毛症に限らず、周りと違うことで悩んでいる人もいると思います。でも、マイナス思考にならないでほしい。私も髪の毛が無くなって落ち込んだりもしたけれど、こうやってウィッグしたりしてオシャレを楽しむこともできるようになりました。みんな人それぞれコンプレックスを持っていると思うんです。私の試合を見ている間だけでも、そういうものを忘れられるような、もっともっと熱く、楽しい試合を見せられるプロレスラーになりたい」
きっと自分のプロレスが誰かの勇気になる。それを信じて、下野は戦い続ける。
(デイリースポーツ・平尾 亮)