創部100年控え関大野球部が原点回帰
あと7週間で、今年も終わる。2015年を迎えるのだが、来年、「何年目」と言われる事象がいくつかある。
阪神淡路大震災から、20年目。高校野球の選手権第1回から100年。今の阪神タイガースが創設されて、80年…。そして、全国的な興味を喚起するものではないかもしれないが、関大野球部が創部100年を迎える年でもある。
早速の余談だが、タイガースができる20年前に野球部が誕生していたわけで、故村山実氏や現役なら岩田らのみならず、例えば故御園生崇男氏などタイガース創設当時から、関大野球部のOBは深く関わってきた。
この項で歴史を深くひもとくことはしないが、関大は関西学生野球秋季リーグで19年、39季ぶりに優勝、その勢いを駆って、明治神宮大会近畿地区代表決定戦でも、第1代表として出場を決めた。
神宮大会には第1回から3回続けて出場、第3回では現阪神投手コーチの山口高志氏の活躍により、全国制覇も果たしている。これが1972年のこと。ところが、以降、関大は同大会から遠ざかってしまった。
今年が実に、42年ぶり、4度目の出場ということになるのだ。“低迷期”というほどの落ち込みではない。関西学生リーグで最後に優勝した1995年春以降も、2位には何度も顔を出している。が、あと一歩の殻を破れなかったことも事実だ。
今年、早瀬万豊氏(56)が新監督として就任した。関大から日本生命で選手、指導者として日本一も経験。ハイレベルな野球を、関大野球部にどんどん持ち込んでくるのか、という記者の勝手な想像に反して、早瀬監督が選手たちに要求したのは「取り組む姿勢」だった。
その早瀬監督が「自分の中でもMVPです」と認めるのが、主将の江原祥太内野手(4年)だ。江原は「ひとつ上のレベルの野球をやらなくてはいけなかったけど、でも野球の基本なんです」と話す。
大半が、高校時代から有名だったり、甲子園出場経験がある選手。彼らに、時として時として退屈だったり、苦痛に思えるような基本の繰り返しを求める。これが新監督の押しつけにならないよう、江原が心を砕き、他の選手たちもついていった。
そうする中で、ここ数年では見られなかった光景があったという。ベンチ外で、就活を終えた4年生全員が、レギュラーの練習を手伝い、大きな助けとなった。
基本、一丸、自主性、姿勢…。たぶん創部当時から大切にしていた言葉をいま一度見つめ直して、関大は近畿のトップに立った。野球部新世紀を直前に控えた神宮での戦いもまた、楽しみだ。(デイリースポーツ・西下 純)
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