大津幸四郎カメラマン 命かけて撮影
映画カメラマンで監督の大津幸四郎さんが肺がんのため亡くなったのは、11月28日のことだった。80歳だった。
大津さんの名を知らないまでも、彼が撮影したドキュメンタリー映画のタイトルを覚えている人は多いのではないだろうか。小川紳介監督の「圧殺の森 高崎経済大学闘争の記録」(1967年)「日本解放戦線 三里塚の夏」(68年)、土本典昭監督の「パルチザン前史」(69年)「水俣 患者さんとその世界」(71年)といった歴史的な作品群だ。
私が大津さんの撮影した映画を初めて見たのは黒木和雄監督の劇映画「泪橋」(83年)で、高校生の時だった。
約30年がたった今年、大津さんの遺作となった「三里塚に生きる」を見た。成田空港建設反対闘争を行った人々の現在を描くドキュメンタリー映画で、監督・撮影の大津さんと監督・編集の代島治彦さんが、2012年8月から13年6月まで千葉県成田市の三里塚に入って撮影した。
大津さんは、撮影中に公務執行妨害で逮捕までされた「三里塚の夏」の後、小川監督とたもとを分かった。12年、同作のDVDブックが発売されたのをきっかけに「老境に入っている三里塚の人々が今どういうふうに生きているのか、三里塚がどういうふうになっているのか」と考え、40年以上の時を経て三里塚を訪れた。
「三里塚の夏」は農民の側から撮られた作品だが、2人は「真っ白な形」(代島さん)で三里塚に入った。「こちらから思うことなく」(代島さん)、広い視点、引いた視点で。大津さんはそれを「素手で」と表現していたという。
当時、反対闘争をしていた人々も、今の立場はそれぞれだ。移転した人、空港との共生を進める人、反対闘争を続けている人。滑走路の真ん中で畑を作っている人もいる。
当初は「闘争のことはしゃべりたくない」という人がほとんどだった。「来てもいいけど、昔のことはしゃべらないよ」と。それでも根気強く通ううち、話せる範囲で、あるいは時代の証言として、話す人が増えていった。そうでない人も「手持ちカメラで恐る恐る近づいて、僕も雑談の中でちょっと昔のことに触れてみたりして、気を許してしゃべってくれる、という感じ」(代島さん)で、話してくれるようになった。
代島さんは、大津さんの姿勢について「恐る恐るという、臆病なところ」に共感している。「人にカメラを向けることは、怖いんですよね。その怖いところ、カメラの暴力性を自覚しているところを、大津さんとやっていて感じられた」と言う。
また、大津さんは代島さんに「言葉のインタビューでなく、場をどう定着できるかというつもりで撮った」と説明している。
代島さんは「今回、登場した方々は、一人一人、自分で選んで生きてきたことは自覚されているし、覚悟している。そこのところで、暗くはなかった。移転していった人も、反対を続けている人も」と振り返った。
13年3月までは1カ月のうち半分ほどのペースで三里塚に通ったが、既に肺を病んでいた上、高齢の大津さんの体調が悪化。主治医から「入院して治療しないと危ない」と宣告される。大津さんは「絶対に撮りたい。必ず入院するから待ってください」と約束。3カ月間、アパートを借りて現地に住み込んだ。撮影が終わってから、2カ月間入院した。
入院した大津さんは「やっと人間が撮れた」と言っていたという。文字通り、命がけの撮影だった。
映画そのものについては見て判断していただくしかないが、私は歴史が今、そして未来へと切れ目なく続いていることを強く感じさせる、2014年を代表する映画の一本だと思っている。(デイリースポーツ・藤澤浩之)
「三里塚に生きる」の、2015年の公開スケジュールは次の通り(決定済みの分)。▽1月17日~ 横浜シネマ・ジャック&ベティ▽1月24日~ 東京・渋谷アップリンク、大阪・第七藝術劇場、名古屋シネマテーク▽1月24、25日 福岡KBCシネマ▽2月7日~ 横川シネマ▽2月28日~ 札幌・シアターキノ▽4月19日 松本CINEMAセレクト。
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