有言実行でリーディングに輝いた矢作師
「よく稼ぎ、よく遊べ」-をスローガンに05年に船出した矢作芳人調教師(栗東)が、ついに全国リーディングトレーナーの座をもぎ取った。
昨年、JRAで優秀な成績を収めた馬、騎手、調教師などを表彰するJRA賞・授賞式が先日、都内のホテルで行われた。その中で、壇上に上がった矢作師は「昨年一年、この場所に立つために頑張ってきました。感無量です」と思わず声を震わせた。
最後の最後まで緊張の続く接戦だった。1月に9勝を挙げた一昨年(全国3位)を上回る10勝を挙げて開幕ダッシュを決めた。一時は2位以下を大きく引き離したが、6月最終週からは藤沢和雄調教師(美浦)と抜きつ抜かれつのデッドヒートを展開。そこに角居勝彦調教師(栗東)も猛追。数々の実績をつくってきた2人の名将との競り合いが続いた。
最終週を前にして藤沢和師が1勝差でリード。厳しい状況になったが、最終週は大挙16頭をスタンバイし、スタッフに「楽しくやろう!」と声をかけた。すると“執念”!?で2勝をマークし、逆転に成功した。
09年に関西リーディングに就いたが、全国リーディングは初めてのこと。自己最多の54勝(他に地方競馬で2勝)をマークし、厩舎開業10年目で悲願を達成した。「かなり精神的にもきつかった。最終週はもうダメだと思ったよ。秋にはピンチもあったしね。馬とスタッフが頑張ってくれた。励ましてくれたり応援してくれた皆さんのおかげだね」と厳しく長かった一年を振り返った。
09年からは6年連続で年間出走回数(JRAのみ)トップを記録する。463回、424回、438回、459回、486回、そして昨年、ついに大台を超える523回。2位が387回だから断トツの数字だ。近10年で500回を超えた厩舎はない。年間52週とすると、毎週、平均10頭をレースに送り出す計算になる。師に勝率へのこだわりはない。開業当初から、よく口にしているひとつに「1円でも多くぶん取ってこい!」がある。知名度がなく、まだ上級クラスの馬もいなかった新人トレーナー。とにかく実績を上げるために“勝ち”にこだわった結果だ。レースに出走しなければ勝つこともないし、賞金も得られないという訳だ。
知り合ってから20年余。栗東へ出張する際には必ず自宅にお邪魔した。調教師試験には14回目で合格。その過程を間近で見てきただけに、合格が決まった時は我が事のようにうれしかった。昨年3月に自著「開成調教師の仕事」の出版を記念するパーティーがあった。その席上で「今年はリーディングを獲る!」と公言した。まさに有言実行。同じようなことが以前にもあった。ディープブリランテで初めてダービートレーナーになった(12年)時だ。その年の年賀状には「ダービーを獲る!」と書かれてあった。鼻差の接戦を制した時には鳥肌が立ったのを覚えている。
「チーム・矢作」ではなく「ファミリー」と呼ぶ。時間をかけてスタッフとの固い絆を築いてきた。オンとオフの切り替えもしっかりと、冒頭のスローガンを地で行くかのように、年1回のマカオへの慰安旅行も欠かさない。そしてファンも大切にする。助手時代にスタートさせたファンへの感謝イベント「矢会」は、最初は都内のレストランで数人で始まったものが、今ではホテルに何百人も集めて行われる一大イベントに進化した。
今年はまだ2勝(1日終了時点)と出遅れたが、まだ始まったばかり。今夏以降にデビューする2歳馬には楽しみな馬もそろっている。自ら手掛けたディープブリランテの子もいよいよ来年デビューを予定する。「1頭でも多く出走させるスタンスは同じ。そして、ひとつでも多く勝つのも同じ。今年も自分らしく楽しくやっていきたいね」。2年連続の高みへ向けて、徐々にギアを上げて行く。(デイリースポーツ・村上英明)