【野球】選抜Vの観音寺中央 最後の夏
高校野球ファンなら覚えている方は多いだろう。21年前の1995年春。阪神・淡路大震災からわずか2カ月後に行われたセンバツで、純白のユニホームを身にまとう無名校が初出場初優勝の快挙を成し遂げた。香川県の公立校、観音寺中央だ。強力打線で強豪校を次々に撃破。開催自体が危ぶまれた春の甲子園に鮮烈なインパクトを残した。
その「観音寺中央」の名が、今年度を最後に姿を消す。来年春に近隣の三豊工と統合することが決まっており、統合後の新校名は「観音寺総合」に決定した。校名については、甲子園で優勝した学校の名がなくなることを惜しむ声も多かったという。野球部が「観音寺中央」として戦うのも、残りは今夏と秋の大会だけ。統合後も校舎や野球部の練習グラウンドは現在のままだが、ユニホームは新しいデザインのものに変わる予定だという。
「これも時代の流れ。統合を前向きにとらえて、新たな伝統を作りたいと思っています」。そう話すのは、就任11年目の土井裕介監督(39)だ。同監督は95年センバツ優勝時のメンバーで、主将としてチームを引っ張った。兵庫県西宮市出身で、地震で家族や友人らが被災。厳しい状況の中で懸命のプレーを続け、全国制覇の夢をかなえた。
06年に母校の監督に就くと、10年には夏の県大会で準優勝。14年にも秋の大会で準優勝して四国大会に進んだが、甲子園には届かなかった。現チームは昨秋、今春ともに県大会初戦で敗退。いずれも延長サヨナラ負けだった。「延長で負けるのは、もう一つ何かが足りないから。夏の大会まであと1カ月。その何かをつかめれば」と同監督。観音寺中央として挑む最後の夏に向け、チーム力向上に力を注いでいる。
同校グラウンドのバックネットには「全力疾走!行くぞ甲子園!」というチームのモットーと目標が掲げられている。「全力疾走」は95年優勝時にチームを率いた橋野純監督(現四国学院大監督)が掲げたもので、土井監督が就任時に恩師の教えを復活させた。「観音寺中央の伝統は全力疾走。この伝統を最後までしっかりやり通して、勝ちたい」と現チーム主将でエースの三好球太投手(3年)。持ち味の多彩な変化球と制球力で、チームを勝利に導くつもりだ。
夏の香川大会の優勝候補筆頭はセンバツ準優勝の高松商だろう。観音寺中央が甲子園に出場するためには、この強敵を倒すだけの力が必要となる。
土井監督は言う。「どれだけ強い相手でも、ひと泡吹かせてやるという強い気持ちで戦えば勝てることだってある」。95年センバツでは、2回戦で森野将彦(現中日)らを擁する優勝候補の東海大相模(神奈川)を撃破。観音寺中央は勢いに乗り、頂点まで駆け上がった。その経験があるからこそ同監督は選手たちに、勝利をあきらめない「強い気持ち」の大切さを口酸っぱく説く。
来春からは三豊工の部員と力を合わせ、「観音寺総合」として新たな歴史をスタートする。実は95年の全国制覇は、「観音寺商」から「観音寺中央」に校名が変わった翌年に達成された。「ウチの野球部にとって、校名が変わるのは縁起がいいのかも」と土井監督。統合を前に、再びその名を全国にとどろかせたい。観音寺中央の最後の夏に注目だ。(デイリースポーツ・浜村博文)
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