【サッカー】黄金期支えた中村忠氏が考えるヴェルディらしさとは 理想は先輩たち

 16季ぶりにJ1で戦う東京V。トップチームの平均年齢は24・1歳と、J1で最も若い「新生ヴェルディ」の未来を託されているのが、2022年にクラブに戻ってきた中村忠アカデミーヘッドオブコーチング(52)だ。クラブの黄金期を知る男が継承したい“ヴェルディらしさ”とは-。

 ヴェルディの前身、読売クラブの下部組織出身の中村氏。頭角を現して日本リーグ時代にデビューし、1993年5月15日のJリーグ開幕戦・東京V-横浜M戦に右サイドバックとして先発出場した。

 理想とする選手像のルーツは、おのずとそこにある。ラモス瑠偉、三浦知良、都並敏史、北澤豪、武田修宏らスターがそろい、初代Jリーグ王者に輝いた。「ヴェルディなので、うまくて、かしこい選手」というのは大前提。その上で「たくましい選手を育てていきたい」と強調する。その言葉の裏には、ともに戦ってきた先輩たちの姿があった。

 「戦う気持ちだとか、そういったものをラモスさん、カズさん、都並さん、北澤さん、武田さん。いろいろな方から教わってきた。それがサッカー選手として当たり前だと思うので、その部分も含めてヴェルディの選手にはそうなってほしい」

 伝統の「たくましさ」は、現トップチームの選手にも受け継がれている。J2の昨季は終盤で激しい順位争いの中、33節から42節まで10戦負けなしでフィニッシュ。J1昇格プレーオフ決勝の清水戦でも、試合終了間際にPKで追いつく粘り強さを見せた。中村氏も「魂のこもった試合をアカデミーの選手、スタッフに見せてくれている」と、ヴェルディらしさを感じたという。

 現トップチームは主将のMF森田晃樹(23)、副主将のDF谷口栄斗(24)らユース出身の選手たちが引っ張っている。3日の浦和戦は、スタメンの4人が東京Vの下部組織経験、もしくは出身選手だった。オフは実績あるベテランや外国人選手を補強していないため、現有戦力の底上げが欠かせない。それだけに「ヴェルディは今も昔もアカデミー出身の選手が多い。その上でクラブの中心として戦える選手を輩出しなければ」と責任の重みは理解している。

 中村氏は、22年シーズンに東京Vのアカデミーヘッドオブコーチングに就任。練習場では、コーチの代わりに選手へ直接指導することも少なくない。練習から選手同士を競わせることで、クラブ内の活性化を意識している。「飛び級制度なんかもうまく使って、よりトップチームへの意識レベルを上げていく。そういう傾向が約2年を終えて、どのコーチも順調にやってくれているな、という感触がある」と確かな手応えをつかんでいる。

 過去にはFC東京の下部組織でコーチ、監督も務めた。それだけに『東京愛』は人一倍強い。今季は東京Vに加えて町田も昇格。東京の3クラブがJ1に集った。「東京のチーム同士で競い合って、サッカー界を盛り上げてほしい」と願いつつも「僕自身は1人でも、そういう舞台に活躍できる選手を輩出できれば」と裏方として支えていく。うまさとたくましさを兼ね備えたヴェルディらしい選手の育成へ、中村氏が歩みを止めることはない。(デイリースポーツ・松田和城)

 ◆中村 忠(なかむら・ただし)1971年6月10日、東京都出身。読売クラブの下部組織出身で、クラブの黄金期を支えた。日本代表にも選出され、国際Aマッチには16試合出場。浦和、京都に在籍し、2004年に現役を引退した。05年から東京Vの下部組織でコーチ。12~21年はFC東京の下部組織で監督およびコーチを務め、日本代表のMF久保建英も指導した。22年から東京Vのアカデミーヘッドオブコーチングに就任。愛称はミニラ。

 ◆東京ヴェルディ 初代Jリーグ王者。1969年創部。日本リーグの読売サッカークラブが前身。J1は93、94年に年間優勝した。05年にJ2降格、08年に2度目の降格も、昨年昇格プレーオフを制してJ1に復帰。Jリーグ発足時からホームタウンを川崎市に置き「ヴェルディ川崎」として活動。2001年2月から東京に移転し、現チーム名になった。ヴェルディはポルトガル語のVerde(緑の意味)の造語。本拠地は味の素スタジアム。

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