感動と称賛を呼んだスポーツマンシップ 給水に失敗したライバルに水を手渡す パリ五輪切符をかけた人間模様

 「名古屋ウィメンズマラソン」(10日・バンテリンドーム発着)

 残り1枠のパリ五輪女子マラソン出場切符をかけた最後の戦いで、心温まるシーンがあった。

 10キロの給水ポイントで、東京五輪女子マラソン代表の鈴木亜由子がスペシャルドリンクを取ることに失敗した。大きな輪っかに左腕を通す形でボトルを取ろうとしたが無情にもこぼれ落ち、スペシャルドリンクは地面に転がった。実況アナウンサーも「あっと鈴木亜由子、取れません!」と大きな声を上げていた。

 その後、紙コップのゼネラルドリンクにも手を伸ばしたが、手袋の素材が影響したのか、これもつかめず。5キロ地点の給水はうまくいっていたが、喉と体を潤すためにはスピードを調整して上手に取ることも要求される2度目の関門でまさかの悲劇となった。

 ただ、強烈なスポーツマンシップを携えたランナーがいた。鈴木がスペシャルドリンクを取れなかった場面で背後を走っていた加世田梨花。ゼネラルドリンク地点で自身はペットボトルの水を手にした。直後、鈴木が紙コップを取ることに失敗したことが後ろから見えた。すると、少しスピードを上げて鈴木の左横に追いつくと、右手に持ったペットボトルを鈴木に差し出したのだ。

 1992年のバルセロナ五輪女子マラソンで銀メダル、96年のアトランタ五輪では銅メダルを獲得した解説の有森裕子さんは「本当に素晴らしい」と加世田の行為をたたえた。また、シドニー五輪で金メダルを獲得した高橋尚子さんは、違った角度から加世田を称賛した。

 「(パリ五輪の)最後の1人を狙うという厳しいところで、(水を)渡すこともそうなんですけれども、なによりも鈴木亜由子さんが取れていないっていうことをしっかり見えている。その視界の広さと落ち着き感というのが非常にいいと思います」と勝負にかけるランナーとしての資質を高く評価した。

 レースは、安藤友香が一時は大きく差を広げられたチュンバを39キロすぎに捉え、残り約700メートル地点からのラストスパートで振り切った。驚異的な粘りと追い上げで、自己記録を7年ぶりに突破する日本歴代8位の2時間21分18秒で優勝。だが、大阪国際女子マラソンで前田穂南がマークした2時間18分59秒の日本新記録に2分19秒及ばず、パリ五輪出場を逃した。

 加世田は39キロ地点で鈴木に追い抜かれ、2時間22分11秒の4位。ゴール地点ではダイハツ女子陸上部の山中美和子監督に抱きかかえられながら泣き崩れた。レース後には「水を取り損ねたのを見ていた。一緒にパリを目指す1人の仲間として、給水を頑張ろうという意味で渡した」と語り、2時間21分33秒の自己最高記録で3位に入った鈴木は「加世田さんが水を渡してくれて、みんなで本当に記録を伸ばしていこうと、臨んでいこうという思いが感じられました」と感謝の思いを言葉に乗せた。

 パリ五輪切符最後の1枚を争うライバルを援護したスポーツマンシップにSNSでは感動、称賛の言葉が飛び交った。

 「感動なんですけど」「加世田さん、優しい」「胸アツ」「泣ける」「さすがの名城魂」「しっかり周りを見れてるのスゴイ」「落ち着きと優しさに涙」「これがスポーツマンシップ」といったコメントが躍り、Xでは『加世田さん』がトレンド入りした。

 安藤、鈴木、加世田。3選手ともパリ五輪出場を逃す結果となったが、見る者の記憶に深く刻まれるレースとなった。パリ五輪での鈴木優花、一山麻緒、前田穂南の走りに注目が集まるが、2028年のロサンゼルス五輪に向けた日本女子マラソン界への期待も膨らむ。(デイリースポーツ・鈴木健一)

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