一人の女子プロレスラーが病魔と闘っている。華麗な空中殺法を武器に、超戦闘プロレスＦＭＷなどで活動しているマスクウーマンのＲａｙ。２月にグレードＩＩＩの悪性脳腫瘍であることを発表した。患部が視床付近にあるために手術ができず、放射線、抗がん剤での治療を続けている。

　今は都内で入院中のＲａｙが復帰にかける思いを語った。表情は明るい。毎日のように見舞いに訪れる女子プロレスラー仲間に励まされており、「みんなからパワーをもらっています。あえて私を楽しませようとしているのか、明るいんですよ。『絶対戻ってきてよ、待ってるから』とか言ってくれて。ありがたいです」と、支えに感謝している。

　だが、「抗がん剤は怖いですよね」とつぶやいたときには一瞬、明るい表情が曇った。気丈な振る舞いの中にも、治療への不安が見え隠れする。「副作用があまり出ていないので、これからかな、という感じです。髪は抜け始めていますが。あとは、頭痛ぐらいですかね」と話しながら髪に指を通し、パラパラと髪が抜けるのを見せてくれた。

　治療は今月いっぱいまで続き、医師が経過を見て今後を判断するという。もちろん、自身には経験のないこと。「がんの治療って、どのぐらいで終わるか分からないじゃないですか。何年もかけてやる人もいますし…」と、先が見えないもどかしさを感じている。それでも、再びリングに立つ日が来ることを信じ、「来年の５月５日に間に合わせたいです」と、目標を定めている。

　なぜ来年５月５日なのか。その日は超戦闘プロレスＦＭＷが、かつて川崎球場だった川崎市の富士通スタジアム川崎で大会を行うことを計画しているのだ。９５年の大仁田厚引退試合など、超戦闘プロレスＦＭＷの前身であるＦＭＷが何度もビッグマッチを行い、伝説を作ったのが５月５日の川崎球場。さらに、故ハヤブサさんも来年５月５日の川崎大会での復帰を目指していたのだ。ＦＭＷで活躍した覆面レスラーのハヤブサさんは、０１年１０月の試合中に一時は全身不随となる重傷を負いながらも復活を信じて懸命なリハビリを続けていたが、今年３月３日に４７歳の若さで急死した。

　Ｒａｙはハヤブサさんと固い絆で結ばれていた。３年ほど前に、Ｒａｙの師であるコマンド・ボリショイが主催する音楽ライブで同席したことで知り合った。ＦＭＷの名を受け継ぐ超戦闘プロレスＦＭＷが昨年４月に設立されたのも、大仁田厚、現オーナーの山近義幸氏、ハヤブサさん、Ｒａｙらが集まった場で、ハヤブサさんが「自分が戻るリングを作って欲しい」と話し、Ｒａｙが「私もハヤブサさんのリハビリを手伝いますし、ハヤブサさんが戻ってくるまでリングを守ります」と応えたのがきっかけだったという。

　その言葉通り、Ｒａｙはマッサージをするなどハヤブサさんのリハビリを手伝い、ハヤブサさんがＲａｙのマスクをデザインするなど協力し合った。Ｒａｙが昨年１２月の試合で脳しんとうを起こし、次戦の参戦が危ぶまれたときには、ハヤブサさんが「Ｒａｙをリングに上げるなら、自分はＦＭＷから身を引く」と訴えたという。Ｒａｙは「ハヤブサさんだから体のこと、命の大事さをよく分かっていたんでしょう。私は動けると思ったんですが」と、当時のことを思い出す。

　だが、Ｒａｙの治療が始まってわずか半月後、ハヤブサさんがこの世を去った。突然の知らせに、Ｒａｙは「ウソでしょ」と絶句。いてもたってもいられず、病院からハヤブサさんの自宅に駆けつけ、安置所で最後のあいさつをしたという。Ｒａｙはハヤブサさんの復帰にかける本気の思いを聞いたこともあった。ある日、ハヤブサさんが「スクワットを５０回から１００回に増やしたい」と言い出し、「なんで」とたずねると、「来年の５月５日に復帰したいから」と答えたという。しかし、その夢はかなわなかった。

　だからこそ、Ｒａｙはその夢を受け継ぐ思いを強くする。「私が病気になったのも、神様がもうちょっと試練を与えようとしているんじゃないかと思ったことがあって。ハヤブサさんも亡くなって、自分もこういう状況になって、それに耐えられる自分にしか与えられないのかな、越えられる私にしか巡ってこない運命なのかなと。だからこそ、今の状況を打破して、もう一度リングに戻りたい」と、決意は固い。

　ハヤブサさんは不死鳥と呼ばれた。伝説によると、不死鳥は寿命を迎えると自ら炎に飛び込んでよみがえるという。病魔に打ち勝ったＲａｙが再びリングに舞い降りる日、それはハヤブサさんの復活の日でもあるかもしれない。

　２７日は超戦闘プロレスＦＭＷの東京・後楽園ホール大会の前に「ハヤブサさんを偲ぶ会」が行われる。（デイリースポーツ・洪経人）