黒田が新井に伝えたスピリット 阪神にこそ必要なものかもしれない

 「広島7-0阪神」(23日、マツダスタジアム)

 広島の黒田博樹投手(41)が、日米通算200勝(日本121勝、米国79勝)を達成した。7回5安打無失点で今季7勝目。日米通算での到達は2004年野茂英雄以来、史上2人目の快挙。

  ◇  ◇

 打てば拳を握る。抑えれば腕を挙げる。勝てば手をたたく。それがスペシャルな舞台であるほど、アクションは派手になる。歓喜して沸き上がる感情なんて自然に表に出るもの。そう思う者にとって、あの光景はとても不自然に映ってしまう。

 僕がデイリースポーツの広島支社に赴任した1997年。夏の高校野球広島大会を取材していて驚いた。当時新鋭の如水館が初の甲子園出場を決めたのだが、決勝戦を制した瞬間、ガッツポーズどころか手をたたこうともせず、淡々と本塁付近に整列したのだ。

 今思えば高校野球の世界では、ある光景。あれはつまり武道の精神。剣道や空手、相撲がそうであるように、対戦相手に敬意を払い、どんなときも失礼のないよう振る舞う。野球界でも、この精神を重んじる指導者は、教え子にまず礼をしつけ、徹底させると聞く。

 黒田博樹はかつて、新井貴浩にこんな言葉を伝えたことがある。

 「お前、なぜガッツポーズしないんだよ。ここぞの場面で打ったとき、思いきりやればいいじゃないか。お前がそうやって気持ちを表に出すことで、他の野手も、投手も、ベンチもみんな、盛り上がるんだよ」

 新井は誰に言われたわけでもなく金本知憲の美学に学んでいた。

 「試合の決着がつくまでは、ガッツポーズはしたくない」

 金本は現役時代そう語っていた。03年、ダイエーとの日本シリーズでサヨナラ本塁打を放ち、派手に拳を突き上げたことがある。鉄人にとってガッツポーズの条件は「決着」であり、戦い半ばで歓喜の感情を派手に出すことはなかった。その信念に倣い、阪神時代の新井はできるだけ、拳をおさめるよう振る舞ってきた。

 黒田が200勝を挙げたこの夜、5点目の適時打を放った新井は打球が三遊間を破った瞬間、拳を突き出して一塁へ駆け出した。塁上でもベンチに向かって何度も手をたたいた。きょうは絶対に勝つんだ!そんな気迫を前面に押し出していた。

 阪神側に立てば5点のビハインドは現状、限りなくダメ押しを意味する。つまり、新井は「決着」をつける一撃でガッツポーズをつくったとも言える。

 今度、本人と話す機会があれば聞いてみよう。今回拳を握った意味を。黒田は新井にとって、かけがえのない存在。「この人のために打ちたい。そう思える」とも言っていた。

 チームを鼓舞する熱気、気迫、拳…。黒田が新井に伝えたスピリットは今、三塁側のベンチにこそ必要なものかもしれない。=敬称略=(阪神担当キャップ・吉田 風)

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