山口高志氏「正常の正常」を伝えたい
伝説の名投手が約40年ぶりに母校へ帰ってきた-。前阪神投手コーチの山口高志氏(65)が2月に学生野球資格を回復し、母校関大でアドバイザリースタッフに就任。指導を開始した。大学時代に数々の記録を打ち立て、プロでも剛速球投手として名をはせた男が、今、学生へ伝えたいこととは。野球界の未来を見据えるキーワードは「異常の正常」ではなく「正常の正常」だ。
野太い声が若々しい空気の中を切り裂いていく。ノックバットを豪快に振り回し、時には選手を前に伝説と言われたダイナミックな投球フォームを実演する。プロアマで輝かしい実績を残し、引退後もコーチ、スカウトとしてプロ野球界の発展に尽力した山口高志氏。今、“第3の野球人生”を歩み始めている。
「ハハハッ、楽しんでますよ」-。山口氏はそう言いつつ、学生の動きに目を細めた。昨季限りで1軍投手コーチを務めた阪神を退団。今年2月に学生野球資格を回復したタイミングを待って関大側から熱烈なアプローチがかかった。「もうすぐ66歳になるけど、体が動く間にやりたかった。言葉ではなかなか伝えられへんとこもあるから」と自身の体とも相談して快諾した。
阪急入団から41年間、プロの世界で生きてきた。阪神の藤川、岩田など山口氏の教えで大成した投手も数多くいる。そんな輝かしい経歴を経て、還暦を過ぎた今、学生たちに伝えたいことは何なのか-。山口氏は「『異常の正常』ではなく、『正常の正常』。故障がないというのが基本」と力を込める。
プロでは独特の投球フォームが武器になるケースもある。ボールの出どころが見づらい、タイミングが取りづらい。一見は“異常”であっても、結果さえついてくれば“正常”と見なされる。
ただその反面、故障のリスクは高まる。スムーズな体の使い方とは異なるためだ。実際に山口氏の現役時代は169センチと小柄な体格を感じさせないダイナミックなフォームから、推定160キロと言われる剛速球を繰り出した。だが実質的に活躍できたのは4年。右肩などの故障に泣かされ、選手としての“旬”はあまりに短かった。
だからこそ「この子たちにはずっと野球を続けてもらいたい。プロ野球がゴールという選手もいるけど、社会人でやる選手もいたり、教師になって指導者として次世代の子を教える子もおるやろうから」と山口氏。お手本に挙げるのは阪神時代に指導したDeNAの久保康友投手だ。「あいつは理想的な体の使い方ができる」。高校時代に甲子園で連投しても、プロの第一線で活躍し続けキャンプで3000球を投げても、肩肘の故障歴はない。
その実例を踏まえた上で「球数を制限することよりも、正しい投球フォームを身に付けられるかが大事。理にかなった投げ方をまず覚えて、そこから速いボール、コントロールはゴロ捕、ネットPの中でもカバーできるから」と具体的な指導プランを語る。
近年はトレーニング方法も発達し、ネット社会の充実でいろいろな情報を得られるようになった。「俺はタバコも吸って酒も飲んだ。もっと自ら勉強してウエートやトレーニングをしとけば、長くやれとったかもしれんな」と苦笑いを浮かべる。
そんな“失敗談”を踏まえた上で「学生には自分を映す鏡が少ない。だから自分が鏡として、後輩たちに伝えていかないといけない」。“正常の正常”という理想を学生へ、そして野球界の未来を担う次世代の子どもたちへ-。伝説の投手がグラウンドに立ち続ける理由が、ここにある。