ミャンマー初のプロ野球選手、徳島ウー 母国で伝道師になる
四国アイランドリーグplusの徳島インディゴソックスに在籍するミャンマー出身のゾーゾーウー投手(27)=登録名・ウー。2013年の来日時から着実に成長を続け、5年目の今季も貴重な左のリリーフとしてチームに貢献。「ミャンマーに野球を広めたい」という熱い志を胸に、日本のマウンドで経験を積んでいる。
2013年にミャンマーから日本にやって来たウー。今年が5年目のシーズン、すっかり流ちょうになった日本語でチームメートと冗談を言い合っている。
「日本で野球をするのが夢だったから、今はとても楽しい。試合に向けて準備をして、投げるチャンスを待っています」
サッカー少年だったウーが野球と出合ったのは11歳のとき。ミャンマーでNGO活動をしていた元国連職員の岩崎亨さんからプレーの仕方を教わり、夢中で白球を追いかけた。当初は打撃好きで、岩崎さんからイチローの写真を見せられ「自分もイチローのような選手になりたいと思った」と振り返る。
ミャンマー代表のエースとして国際大会に出場するまで成長したウーは、13年6月に来日。同国初のプロ野球選手として、香川オリーブガイナーズに入団した。翌14年にはシーズン最終戦でリリーフ登板し、わずか1球で初勝利を手にした。16年に徳島に移籍。今季4月14日の愛媛戦では、救援登板で打者7人を無安打に抑え、待望の2勝目を挙げている。
日本の文化にもすっかり溶け込んだ。「焼き肉、刺し身、納豆…何でも食べるよ」と話し、来日時に60キロだった体重は現在は67キロに増えた。同時に115キロほどだった直球のスピードが、MAX125キロにアップ。スライダー、チェンジアップなどの変化球をコーナーに投げ分け、打たせて取る投球が身上だ。
母国・ミャンマーの話題になると目が輝く。同国の野球人口は50~100人程度と言われ、ウーは「もっと広げたい」と競技普及に熱心だ。帰国時には必ず学校を訪問。子供たちの前でキャッチボールやバッティングを実演し、「面白いから、みんなもやってみて」と誘う。そして使い古したグラブやボールなどをプレゼントして帰るのだという。
日本で技術や練習方法を学び、「将来はミャンマーに帰って人々に野球を教え、広める活動をしたい」と“伝道師”としての人生を思い描く。そのためにも「アイランドリーグで1試合でも多く投げたい。自分ももっとレベルアップしたい」と熱く語った。