ソフトバンク・大隣 難病乗り越えた不屈左腕「野球がしたい」

 【第2の人生へプレーボール】

 今オフも多くの選手が所属チームを退団した。新天地に働き場所を求める者、引退して指導者として歩み出す者がいれば、ユニホームを脱いで新たな世界に挑戦する者もいる。彼らの第2の人生にエールを込めて、スポットを当てる。ソフトバンク・大隣憲司投手(33)を追う。

  ◇  ◇

 生駒山の冷たい山風が、大隣の心を逆に奮い立たせる。奈良県生駒市にある近大グラウンド。かつてプロ入りを目指し、必死に汗を流した母校で33歳のサウスポーは朗報が届くのを信じて、ひたすら爪を研いでいる。

 「野球がしたい。浪人も覚悟している」。非情宣告を受けたのはチームが日本シリーズを戦っている最中だった。12球団合同トライアウトでは3人の打者に対して二つの見逃し三振を奪うなど高い制球力と球のキレを披露。それでも他球団から声が掛からない。焦りは募るが、諦めていない。

 2006年度大学生・社会人ドラフトで最大の目玉と注目され、希望枠でソフトバンクに入団した。2年目の08年には11勝、12年にも2度目の2桁勝利をマークしたが、翌13年に国指定の難病である「黄色靱帯(じんたい)骨化症」を発症。過去に復帰選手の例がないことを医師から告げられた瞬間は、マウンドに立てないことを覚悟した。

 「難病って言われてもうた。もう投げられんかもしれへん」。病院から帰宅すると、あえて明るく夫人に告げた。13年6月に手術。背中にメスを入れ、背骨の一部を取り除いた。歩行器具を使ったリハビリからスタート。懸命な日々を送り、14年7月のオリックス戦で422日ぶりの白星を挙げた。あれから約3年半…。同じ病を患った人に希望を与え続けるためにも、ここでユニホームを脱ぐわけにはいかない。

 14年にはシーズン最終戦での先発で好投し、リーグ優勝へ導いた。日本シリーズ進出を決めたクライマックスシリーズ第6戦でも、中4日で7回無失点の快投。既に勇退が決まっていた秋山監督(当時)から勝利監督インタビューのお立ち台に呼ばれ、2人で顔をクシャクシャにして喜んだ。

 「また、ああいう投球をしたい」。いつでも目に入るように自宅1階には、秋山監督に書いてもらった色紙を飾っている。右上に小さく「大隣へ」。左下には「秋山幸二」。中央部分は白いまま大きくスペースが空いている。「この部分はおまえの今後の野球人生。自分で考えて迷わず突き進んでいけ」。色紙を見るたび、師の声がよみがえる。必ずまたマウンドで輝く-。自分に誓った言葉を裏切るわけにはいかない。

関連ニュース

編集者のオススメ記事

野球最新ニュース

もっとみる

    スコア速報

    主要ニュース

    ランキング(野球)

    話題の写真ランキング

    写真

    リアルタイムランキング

    注目トピックス