西武・大崎、野球界に未練なし コンサル会社で持ち味生かす
【第2の人生へプレーボール】
今オフも多くの選手が所属チームを退団した。新天地に働き場所を求める者、引退して指導者として歩み出す者がいれば、ユニホームを脱いで新たな世界に挑戦する者もいる。彼らの第2の人生にエールを込めて、スポットを当てる。西武・大崎雄太朗外野手(33歳) を追う。
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野球界との別れに迷いはなかった。大崎が晴れやかな表情で振り返る。「戦力外を受けたら辞めると決めていた。野球選手としてのピリオドを打つコールに感じた」。次のステージに気持ちを切り替え、コンサルタント会社「YCP JAPAN」に就職。サラリーマンとして第2の人生を歩み始めた。
常総学院では2年春のセンバツで優勝し、青学大でも強打の外野手として活躍した。西武では2012年に107試合に出場したのが最多。近年は代打での起用が続いていた。「守って走って打ちたいという葛藤はあった」。今季は1軍出場がなかったこともあり、引退を決断した。
セカンドキャリアはゼロからの出発を模索。自ら会社四季報を購入して企業を探し、履歴書を書いて面接を申し込んだ。「現役時代にベンチで試合を見ていて『もっとやれる』という熱い気持ちがあった。みなぎっていたパワーやエネルギーを就職活動に向けられた」。知人の紹介などに頼ることなく、数十社以上を回った。
現在は業務に慣れるため、勉強の毎日だ。英会話も必須で年明けには海外研修も控える。いずれは企業への投資や経営者へのアドバイスなどの知識を身に付け、起業も視野に入れている。「自分は特徴ある選手ではなかったが、技術を上げて、生きる道を考えてきた。この業界で野球選手に何ができるんだと思われるかもしれないが、挑戦するために選んだ。しっかり明確な道を見つけたい」と意気込む。
プロでの思い出は5年目の11年。8月20日のロッテ戦に「8番・DH」で先発して3安打を放ち、そのまま1軍に定着した。翌年からロッテ・井口(現ロッテ監督)の自主トレに参加。野球選手としての視野が広がったという。
井口監督に就職を報告すると「頑張れよ」とエールを送られた。「今の仕事で井口さんに必要としてもらえるようになるくらい、自分を高めたい」。勝負強さが持ち味だった現役時代のように、新たなステージで力強く生きる決意だ。