古葉元監督、涙 衣笠氏は「監督もできた子」 3度の日本一の戦友
プロ野球広島で活躍し、2215試合連続出場で「鉄人」と呼ばれた衣笠祥雄氏が23日、上行結腸がんのため亡くなった。71歳だった。 広島監督として黄金時代を築いた古葉竹識氏(82)は24日、3度の日本一をともに戦った衣笠氏の訃報に「まだ若いのに残念でならない。涙が出る。ことし初めに会ったとき、元気でおらんといかんよという話をしたのが最後になってしまった」と言葉を詰まらせた。
忘れられないのは1979年。フルイニング出場の日本記録が目前だった春先に、打撃不振だった衣笠さんをスタメンから外す苦渋の決断をした。「本人は出たかっただろうし、気持ちも乱れたようだが、応援してくれるファンのためにも負けないように選手を使わないといけなかった」。記録を途絶えさせてしまったが、夏場に衣笠氏の鉄人ぶりに救われた。
「死球で肩甲骨を亀裂骨折して、とても試合には出られないだろうとわれわれは思ったが、何としても出ますと言ってベンチに入った。このとき、代打で使ったのが、連続試合出場の世界記録につながった」
衣笠氏と山本浩二氏が中心になって、この年から連続日本一。「ピッチャーがピンチになるとマウンドに行って、プレーだけでなくチームを助けてくれた。サチは監督もできるような子だった」と後輩の死を悼んだ。