谷佳知氏、天国へ届けた逆転満塁弾 親友・木村拓也氏の追悼試合で忘れられない一発
プロ野球を彩った幾多の名勝負、名場面。人は心を躍らせ、目を輝かせた。レジェンドOBが名を連ねるデイリースポーツ評論家陣が現役時代の思い出を語る「プロ野球黄金伝説 令和に語り継ぐ名勝負」。今回はオリックス、巨人で活躍し、シーズン最多二塁打(52本)のプロ野球記録を持つ谷佳知氏(47)が、2010年に親友・木村拓也氏(享年37)の追悼試合で放った忘れられない一発を振り返る。
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あれから10年。目を閉じると、今でも思い出す。2010年4月24日。大観衆で埋まった東京ドームでの広島戦。一塁ベンチでグラウンドを見つめる気持ちは、いつもと違い、高ぶっていた。
試合前、都内のホテルで、同年4月7日にくも膜下出血のため他界した木村拓也内野守備走塁コーチ(当時)の「お別れ会」が行われた。出席した選手、首脳陣は涙に暮れ、沈痛の思いに包まれた。「拓也のために勝つ」-。谷氏にとって木村氏は、コーチと選手の関係ながら、チームで一番仲のよかった同学年の親友。お別れの会後、乱れる思いを胸に押し込み、球場に足を踏み入れていた。
「木村拓也追悼試合」として開催された、かつて木村氏が在籍した広島との一戦は、一進一退の激戦。ベンチスタートとなった谷氏は「試合に出たい」と前のめりになっていた。そして2-3と1点をリードされて迎えた八回。1死満塁で出番が来た。代打で打席に向かう中、手袋を締め直しながら気持ちを抑え、自らに言い聞かせた。
「拓也のために打つ」
1球目、2球目のボール球を見逃し、3球目はファウル。カウント2-1となり、高橋建が投じた4球目。外角高めの139キロを、渾身の力で振り抜いた。大歓声の中、白球は左中間席へ。谷氏は打った瞬間、バットを放り投げた。ゆっくり走り出すと、右手を掲げ、さらに両手を突き上げた。試合を決める逆転満塁弾。ダイヤモンドを一周してベンチに戻り、原監督と抱き合うと、厳しい表情が緩んだ。
「建さんの外の真っすぐかシュートかな。バットの先に当たったけどよくスタンドに入ってくれた。外の高めは、自分にとってあまりホームランにならないボールだけど、拓也の気持ちがボールに乗り移ったのかな」
この本塁打は、谷氏にしては珍しく強引な打撃だった。来たボールに対し、ヒットの確率の高い打撃をするのが持ち味。「外の球だから普通ならばライト方向に打っていた」と振り返るが、この時は「打ちたかったから強引に引っ張った」。親友の追悼試合。気持ちで運んだ一撃だった。
東京ドームに響いた大歓声は今も忘れられない。「多分、ファンの方は拓也と自分が同い年で仲がいいというのを知っていたのかもしれない。原監督にも、いい場面で使ってもらって感謝している」。実はこの一発は、プロ14年目で初の満塁本塁打だった。そして初めてだったことがもう一つあった。
「それまでの野球人生で他人のために打とうというのは一度もなかったけど、あの時は拓也のために打った。他人のために打ったのは初めてのこと。特別な一本だよ」
親友の急死。その悲しみを乗り越えて放った逆転満塁本塁打は、プロ通算1928本の安打を積み重ねた谷氏にとって、生涯忘れられない1本だ。