ヤクルト・村上 小学校の卒業文集に書いたWBCでの活躍「当たり前のことをやっていくだけ」
ヤクルト・村上宗隆内野手(23)が14日、3月の「カーネクスト 2023 ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」に向けて、インタビューに応じた。小学校の卒業文集に夢として記したWBCでの日本代表入り。中学、高校時代に日本代表を逃す挫折を経て、プロでは史上最年少三冠王に輝くなど結果を残して夢を実現させた。念願の舞台では日本中の期待を背負って世界一奪還を目指す。
◇ ◇
-ここまでは。
「ケガもなく、順調に来ています」
-侍に合流。気持ちの高ぶりは。
「本戦は3月9日なので、気持ちの高ぶりはないですけど、しっかり段階を踏んでいけたらなと思います」
-2009年の第2回WBC決勝・韓国戦でのイチローの決勝打はどんな状況で見ていたか。
「公園でガラケーのワンセグで。兄ちゃんの野球部の集まりで見てました」
-当時はどのように感じたか。
「単純に勝ち越しのセンター前なんで。優勝だなとすごく興奮した覚えがあります」
-21年の東京五輪に出場し、金メダル獲得に貢献。その経験はWBCに生きるか。
「ほとんど初見のピッチャーなので、対応力だったりは五輪だけでなく、今までプロでやってきた経験を生かして。引き出しは自分の中で持っていると思うので。いろんなチョイスをしながら経験も含めやっていきたい」
-メジャーリーガーで気になる選手は。
「(エンゼルスの)マイク・トラウト選手だったり、カーショー選手だったり、(ドジャースの)ムーキー・ベッツ選手だったり。全ての選手が楽しみ」
-WBCではエンゼルス・大谷と初めて同じチームでプレーする。どう見ているか。
「野球選手として誰がどうみてもすごい選手ですし、日本人でホームラン、パワーで勝負できる選手は大谷選手しかいない。いろんな動画をみながら参考にしています」
-シーズン中も4番を打っているが、4番のプレッシャーはどのようなものか。
「今日打てるかな、打てないかなってのは毎試合ありますし、結果が全ての世界なので。自分の体はロボットじゃないですし、調子の波だったり、相手投手の調子だったり、いろんなところがあるなかでの野球なので。結果が出るまではすごく不安ですけど、プレッシャーを感じることはあまりないですね」
-不安を取り除く方法は。
「準備するだけですね。練習して相手のデータを見て、どういうふうに入っていくかを整理してやるだけです」
-小さい頃から日本代表が憧れ。中学、高校と代表落ちを経験して悔しさをバネに。
「そうですね。中、高校とチャンスはあったんですけど、背負えなかったので。プロに入ったら日の丸背負って戦いたいという思いはすごくありました」
-小学校の卒業文集に「WBCで日の丸を背負いたい」と書き、現実になった。
「そう書いて、いろんな思いがあった中で今回のWBCなので、すごくうれしいという気持ちはあるんですけど、まだまだ僕の野球人生は長いので。今の目標はもっと先にある。これは1つの小さな壁として壊していきたいと思います」
-WBCはどのくらいの壁。
「日本中で戦うわけですし、僕個人の競技じゃないので、チームとしての壁はすごく高いなと思います」
-今は順風満帆に見える。挫折は。
「順風満帆はプロに入ってからなので。甲子園も1年の時しか出ていないですし、注目されるのは清宮(現日本ハム)や安田(現ロッテ)だったので。いろんな甲子園のスターが出てくる中で、そっちのほうが輝いて見えていました。今ももっと僕の目標が上にあるというか、全然満足はしていないですし、必死に取り組んでいるという感じです」
-自分に厳しいのは子供の頃から。
「それをしないと打てないと思っている。その日の結果が出て反省するのは、プロとして当たり前のこと。厳しいとは自分で思っていないです」
-代表の平均年齢が若い。どんな立ち位置でいきたいか。
「日本代表に入るのは一流選手ばかりなので立ち位置とかではなく、自分を出せるチームだと思います。一人の野球人として当たり前のことをやっていくだけかなと思います」
-日本中のいろいろな思いを背負って。
「それが日の丸の意味だと思う。日本中を背負って、チームとして注目されてると思うので。それに打ち勝って優勝を目指して頑張りたいと思います」
◆村上 宗隆(むらかみ・むねたか)2000年2月2日生まれ、23歳。熊本県出身。188センチ、97キロ。右投げ左打ち。内野手。背番号55。今季推定年俸6億円。九州学院から17年度ドラフト1位入団。プロ1年目の18年9月16日・広島戦(神宮)でプロ初出場初先発(6番・三塁)初打席初本塁打。首位打者(22年)、最高出塁率(20、22年)、本塁打王(21、22年)、打点王(22年)、新人王(19年)、最優秀選手(21~22年)、ベストナイン(20~22年)、正力賞特別賞(22年)。