足立光宏の忠告「普段どおりせぇ」を守り日本シリーズ完投勝利~元阪急の個性派左腕、白石静生が語る
広島、阪急の元投手で通算93勝を記録した白石静生さん(79)は記憶に残る個性派左腕として活躍した。阪急ではリーグ4連覇と3年連続日本一に貢献。1978年の日本シリーズはヤクルトに敗れたが、第6戦で完投勝利を収めるなど勝負強い一面をもっていた。
ただ、この78年はシーズン3勝(5敗)しかしておらず、白石さんは「ほとんど勝ってなかった自分をよう投げさせたなあと思う」と振り返る。
「この年は頸椎を痛めましてね。やっと復帰できたと思ったら、今度は左顔面に打球を受けてメガネは飛ぶわ、血は噴き出すわ。救急車で運ばれて“もうアカン。クビになる”と思ったもんです」
幸い骨には異常なく2週間ほどの入院で済んだが、「すでに結納を交わしてたこともあって、日本シリーズで投げたかったんですよ」とリアルな記憶が蘇る。
だからこそ大事なシリーズで先発に起用してくれた上田利治監督に感謝した。しかも“負ければ終わり”というあとのない試合で。
後楽園球場で始まった日本シリーズ。第5戦までの阪急の先発投手と勝ち負けは-。
①戦=山田で○
②戦=今井で●
③戦=足立で○
④戦=今井で●
⑤戦=山田で●
「ひとつリードしてしていて(第4戦は)山田のところを(今井)雄ちゃんでいけると(捕手の)中沢が言うたんやが、ヒルトンに(九回逆転2ランを)打たれて負けた。あのシリーズはほとんど勝ってたんやけどなあ」
第5戦もエース山田で敗れ、土俵際まで追い詰められた。試合後の西宮球場。白石は首脳陣から第6戦の先発を言い渡された。
後楽園への移動日にあたる翌金曜、白石はなんと150球の投球練習を行った。「カムフラージュをかけるのが目的」だったが、「球数を放るのは苦痛でも何でもなかった」という。
「記者の人たちも“だれが投げるんや”と言ってたね。松本(正志)が先発か?とかね」
フタを開けると…白石は9回を5安打3失点の完投勝利。投球数は143。前日に150球も投げた投手とは思えない“豪腕”ぶりを見せた。
実は試合前日、白石は下手投げの名投手、足立光宏から「普段通りせぇ」とアドバイスされていた。
76年の巨人との日本シリーズ。阪急3連勝後の3連敗から第7戦の先発を託され“普段通り”の冷静なマウンドさばきで完投勝利を飾った人、足立。
レジェンドからの忠告を「都合よく解釈して、普段通り銀座へ食事に出かけて、普段通り飲んで帰った」のがよかったのかもしれない。
これが白石静生の日本シリーズ2勝目。77年、巨人を破り3年連続日本一を決めた第5戦での救援勝利に次ぐ勝ち星となった。
「(ヤクルト監督の)広岡さんは“ポイントポイントで白石を使われたら嫌だった”と言ってたようやけどね」
残念ながら4年連続となる日本一は逃したが、白石さんにとっては忘れることのできない“1勝”になった。
広島で9年。59勝77敗。阪急で8年(実働7年)。34勝34敗2S。“後半生”は勝ち星にこそ恵まれなかったが、インパクト的には「阪急の白石」だろうか。
本人によれば、関西特有の?ファンの“声援”もまたインパクトがあったという。
「カープのポンコツ!白ブタ!てね。ようヤジられましたわ。パ・リーグはお客さんも少ないし、よう聞こえる。でも相手側からのヤジやから、気にならんかったね」
小さいことにはこだわらない白石さんらしいコメントだ。
(デイリースポーツ/宮田匡二)