前田智「すべての方に感謝したい」
「広島3‐5中日」(3日、マツダ)
今季限りで現役を引退する広島・前田智徳外野手が、引退試合となった中日戦の八回2死、代打で登場し、現役最終打席を投ゴロで終えた。直後の九回は右翼の守備に就き、別れを惜しむファンから大きな声援を送られた。「広島東洋カープで、一途に野球ができたことを誇りに思います」。通算2119安打を放った打撃の天才が、ついにバットを置いた。
八回2死、両親、妻、2人の息子も見守る中、割れんばかりの大声援に包まれて、前田智が登場した。「マエダ!!マエダ!!」の大合唱が巻き起こる中、中日4番手の小熊に対した。2ストライクからの3球目、141キロ直球をこん身のスイングで捉えたが、高く弾んだ打球は小熊が差し出したグラブに収まり、投ゴロに倒れた。
これで終わらない。直後にサプライズがあった。一塁側ベンチを飛び出した前田智は、真っすぐに右翼へ走った。
ここ数年は代打が主戦場。守備に就くのは、2008年7月25日の横浜戦(広島)以来、5年ぶり。マツダスタジアムでは初の外野守備だ。打球に対してスタートを切る度にスタンドが沸いた。感極まったのか、守備中、前田智は何度か目頭を押さえた。そして森野が放った右線二塁打を処理して内野に返球。これが現役最後の守備機会となった。
本拠地も惜別ムード一色に染まった。入場チケットは完売。自由席でいい場所を確保するため徹夜で並んだ人もいた。引退記念の直筆サインボール300個も、開門後わずか20分で完売した。スタンドの至るところにメッセージボードも掲げられた。「ありがとう前田様」「お疲れさまでした 背番号1」…。ファンたちも最後の勇姿を目に焼き付けた。
試合後の引退セレモニーでは必死に涙をこらえながら、思いの丈を言葉にした。「これから強いカープとなって、未来のカープが明るいことを願って、きょうをもって引退します」、「きょうまで支えてくれたすべての方に感謝いたします」…。飾ることなく、ストレートに思いを伝えた。
花束贈呈では、後輩の前田健太が人目をはばからず泣いていた。そしてチームメートの手によって、宙を舞った。何度か反動をつけた後、背番号1に合わせて、大きく1度だけ胴上げされた。直後にもう一回、胴上げされた。直後に前田智は、両目を手でふさぎ、その場にうずくまった。万感の思いが、その胸に去来した。
最後にスタンドを一周し、ファンと触れ合った。若き日にアキレス腱を断裂。喜びよりも、むしろ苦しみが多かった野球人生と言っていい。通算2188試合に出場し、打率・302、295本塁打、1112打点。惜しまれながらグラウンドを後にした前田智の表情は、清々しく、柔らかであった。