赤ヘルが似合う!新井の一発が鯉に勇気
放物線を描いた白球は、左翼ポール右まで届いた。2点ビハインドで迎えた八回。歓喜に湧く一塁ベンチに戻った新井は1人、1人、力強くハイタッチを交わした。昨季までは三塁ベンチでタテ縞を着て戦っていた。だがこの夜は、一層“赤ヘル”が似合っていた。
23日の阪神戦。古巣と今季の第8戦を迎えた。1点リードで迎えた八回、セットアッパーに転向した大瀬良が、3点を失って逆転を許した。勝ちパターンの継投失敗に、沈むベンチ。完全に傾いた流れを引き戻すのは、容易なことではない。
だが、裏の攻撃で戦況は一変する。新井が先頭で打席に立った。相手は38歳の同級生で、同郷の福原忍。1ストライクからの2球目、内角高めの141キロを強振した。高々と舞った打球は、左翼スタンドまで届いた。気持ちで打ったホームラン-。そんな形容が許されるなら、まさに執念の一発だっただろう。
九回。阪神の守護神・呉昇桓から同点打を放った丸が、試合後に4安打した打席よりも、新井の一発を興奮気味に振り返った。「新井さんのホームランが、僕らに勇気を与えてくれた。力をもらいました。本当に大きな1点だった」。力で勝ち取った信頼だった。涙を流して別れを告げた故郷に、再び戻ってきた。そこに7年の“ブランク”は全くない。
二塁を守る菊池も「「渋いですよね」と言う。「打って欲しい時に打って、時にチャンスメークもしてくれる。本当に心強い存在」。守備でも一、二塁を守る2人の間に「意思疎通ができる」と、信頼は揺るがない。「新井さんはゴッド。アラ、キク、マルですね」。新トリオ結成?チームの雰囲気も明るい。
規定打席にはわずかに届かないが、打率はスタメン唯一の3割越え(・316)。得点圏打率は4割を超える。新井打撃コーチは技術以上に、精神的な部分を好調の要因に挙げる。「彼は気持ちで打っている。いざ、打席に立てば、技術より気持ちが大事になる」。その上で4番での経験を強調。「この打順をこれまでも、たくさん経験している。若い選手がこの打順を打つのと違って、経験が生きている」と明かした。
昨季までの同僚で、新井の本塁打をマスク越しに見た藤井は、こんなことを言った。「状態はかなりいいんだと思う。昨年までと違って、球を打つポイントが近いように感じる。だからボール球にも手を出さないし、甘い球を見逃さない」。日本最高峰のプロ野球。気持ち-で結果が残せるほど、甘い世界ではない。当然、結果は技術に裏打ちされる。ただ、時に心は、技術以上の力を発揮する。
痛めている左手首は、依然として完治は遠い。医師の診断は手術、または2、3ヶ月間の固定。それでも「痛い、痛くないではない。できるか、できないか。できるから、ここにいる」と言って、グラウンドに立つ。当然、打席に立てば打つことに全精力を注ぐ。だが「1試合、1試合、目の前の戦いに、勝つことだけに集中するだけです」と言う姿は、甲子園を懸けた夏の県大会。トーナメントを戦っている、そんな感覚なのかもしれない。
プロ17年目。優勝経験はまだ、ない。グラウンドでは全力プレーでチームを鼓舞。ベンチでは声を枯らして声援を送る。「勝つタメに打つ、守るは当然のこと。ただ、それができなくても、何でもいいからチームの力になりたい」。25日に最下位を脱出し、首位阪神とは3・5ゲーム差。しばらくは混セが続いていく。まだ道半ば、夢の途中。悲願の頂点に向けてベテランは、背中で、バットでチームを勝利に導いていく。(デイリースポーツ・田中政行)