元広島投手の望月一氏が52歳の若さで死去 安仁屋氏は絶句「信じられない」
元広島投手の望月一(もちづき・はじめ)さんが6日午前9時18分、埼玉県川越市内の自宅で虚血性心疾患のため、52歳の若さで死去した。葬儀・告別式は9日に家族葬で行う。喪主は長男の岭(れい)さん。
望月さんは1987年に静岡高からドラフト4位で広島に入団。92年から3年間は40試合以上に登板するなど主に中継ぎで活躍。97年にダイエーに移籍し、その年に引退した。通算成績は161試合に登板、21勝19敗7セーブ。引退後は理学療法士の資格をとり、広島やロッテでトレーナーを務めた。
望月さんが広島在籍時に、1軍投手コーチや2軍監督を務めていたデイリースポーツ評論家の安仁屋宗八氏は突然の訃報に思わず絶句。「まだ若いのに信じられない」と言葉に詰まった。「体が強くて使い減りしないタイプで、いけと言われれば、どんな場面でも投げてくれた。投げることが好きでワシと似ていることもあって、すごくかわいがっていた」と振り返った。
律儀な性格で現役を引退する時も連絡があったという。引退後は大学に通い、理学療法士の資格を取得。広島から声がかかり、03年から5年間トレーナーを務めた。「真面目な子だった。トレーナーになってからもワシのところへ訪ねて来てくれて、キャンプ地で食事に行ったこともあった」と回想し、「本当に残念。冥福を祈るしかない」と、若くして旅立った“教え子”を悼んだ。