カープ黒田氏 北別府イズム継承誓う「僕たちが次の世代に」 通夜参列で大粒の涙「すごく寂しい」
広島OBで16日に65歳で死去した北別府学氏の葬儀が19日、広島市中区の玉泉院中央会館で営まれた。広島OB、球団関係者ら191人が参列し、故人との別れを惜しんだ。親族と一部関係者のみで営まれた18日の通夜には広島・新井貴浩監督(46)、黒田博樹球団アドバイザー(48)が参列。現役時代に指導を受けた同アドバイザーは早すぎる別れに涙を流し、“北別府イズム”を後進に継承すると誓った。
穏やかな表情にあふれた遺影から、在りし日の思い出がよみがえってくる。カープの黄金期を支えたエース、北別府氏との最後のお別れ。祭壇は旧市民球場の写真を背景にきれいな花でグラウンドが描かれ、その中心に大きく「H」がそびえ立つ。カープカラーの真っ赤な棺には家族との写真、カープのメガホンや好きだった焼酎が入れられ、参列者は涙して故人をしのんだ。
法名は学という名前、そして不動心という意味を込め「不動院釋学心(ふどういんしゃくがくしん)」。球団応援歌「それいけカープ」が流れる中、現役時代をともに過ごしたOBたちがひつぎを抱え、午後2時42分に出棺。その後は旧広島市民球場前を通って火葬場へ向かい、荼毘(だび)に付された。
18日の通夜には黒田球団アドバイザーが参列。焼香を終え、同氏の生前の写真を一枚一枚、目にしながら思い出をたどった。そして広美夫人と顔を合わせると、大粒の涙を流して悲しみに暮れた。「すごく寂しいなと思いますし、まだまだたくさん話をしたかったなと思います」と心境を明かした。
プロ5年目の2001年から04年まで、投手コーチとして支えてもらった。「たくさん、アドバイスをいただいて。投手として、エースとして、一つ一つ(のアドバイス)がDNAというか、体の中に染みこんでいった。そこでやっぱり、僕の野球人生は変わったと思いますし、今の僕があるのは北別府さんのおかげ」。大黒柱としての礎を築いてくれたことに、感謝は尽きない。
胸に宿る“北別府イズム”。球団アドバイザーとなった今、先輩の教えを後輩たちに伝えていくことも使命になる。
「北別府さんの遺志をこれから僕たちが、次の世代に継承していかないといけないと改めて思いました。また、それを北別府さんも望んでおられると思います」
厳しかった半面、時には温かなまなざしを向けてくれた。「プロの厳しさ、エースとしての厳しさをたくさん教えてもらいました。そういう中で、たまに見せる優しさ、笑顔は忘れられない」。受け継いだものを後進に伝える。それが北別府氏への恩返しになる。