育英高・恩師語った広島・矢野の鉄壁守備の礎 すごみはチーム1の練習量&けが知らずの強靭な体

 ゴールデングラブ賞を初受賞した矢野
 矢野のユニホームを背景に笑顔を見せる安田監督
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 今季、セ・リーグの遊撃手部門でゴールデングラブ賞を初受賞した広島・矢野雅哉内野手(25)。超人的なプレーを連発する守備力はどう磨かれたのか-。その裏側を育英高時代の恩師・安田聖寛監督(48)が明かす「恩師が語る鉄壁守備の礎」。第1回は出会いと指導法について語ってもらった。

 安田監督が初めて矢野を見たのは中学3年の時だった。矢野の4歳上の兄・幸耶さんを福岡第一の監督時代に指導していた縁もあり、試合に足を運んだ。「肩が強い。それだけでしたね。走る姿を見て体幹もしっかりしているなと思いましたけど、それ以外はしっかり鍛えないといけないなと思いました。ただ、いいものをもっているなと」と出会いを懐かしむ。

 育英に入学後も、すぐさまレギュラー定着とはいかなかった。しかし、高校生離れした強肩は意外な形で生かされていた。試合前ノックで、外野手はバックホームで締めくくるのがお決まり。内野でノックを受けていた矢野だったが、バックホームだけ外野に移動。右翼に入り、ホームへノーバウンド送球を見せ、試合での“抑止力”に一役買っていた。「『暴投になってもいいから強肩を見せつけてこい!』と言ってましたね」と公式戦のノックでも、期待通りの好送球を見せていたという。

 入学してからはとにかく守備練習を重ねた。今では矢野にとって最大の武器になっている守備だが、最初は粗削りだったと振り返る。「彼はとにかく本能的に動くんです。回り込めば、正面で捕球できる打球に対しても一直線に入って難しい体勢で捕球して、ジャンピングスローをする。それが彼のいいところでもあるんですけど」。矢野の長所を保ったまま、能力を伸ばすため徹底的に基礎をたたき込んだ。

 繰り返したのは打球に対して右から入り、正面で捕球する基礎練習。「爆発的な肩があるので、どんな捕球体勢であれ捕ってしまえば、アウトにできるという自信が本人にあった。でもそれではだめだよと。確実性を増してほしかったんです」。土・日は全体練習が始まる約2時間前にグラウンド入りし、午前7時半から特守を志願。午後3時に練習が終わった後も自主練でノックを繰り返し、徐々に安定感と躍動感を兼ね備えられるようになった。

 ハードな練習に耐える丈夫な体も武器の一つだ。現在も身長171センチ、体重71キロと小柄な部類だが、高校時代はもっと細かったという。そんな体でも練習量はチーム1を誇っていた。「とにかく練習してましたね。うまくなりたいと誰よりも思っていた。けがもしなかったですし、そこは恵まれている部分だと思って見てました」。誰にも負けない向上心とけが知らずの強靱(きょうじん)な体。この2つがかみ合って守備の礎は築かれていった。

 ◆安田 聖寛(やすだ・まさひろ)1976年2月12日生まれ、48歳。兵庫県出身。自身が選手だった育英時代には、内野手として2年生時にセンバツベスト8、3年時には選手権大会優勝。その後は明大、デュプロで活躍し、2006年に日本経大野球部の監督に就任。福岡第一の監督を経て、12年から母校の監督を務めている。

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