韓国代表に戻ってきたカリスマ監督 “岩瀬攻略”で日本を倒した男とは…
1月28日、韓国の新しい野球代表監督の就任が発表され、NCダイノス前監督の金卿文氏に決まったことが明らかになった。金卿文監督は北京五輪でも指揮をとり、同国での団体競技初となる金メダル獲得に貢献。韓国プロ野球では斗山ベアーズで14年、NCで7年監督を務めた61歳だ。韓国の代表監督も「専任制」を採っており、日本と同様に東京五輪までの任期となる。
当初は中日でも活躍し「国宝」とも称された宣銅烈氏が初めて国家代表監督に就任しており、昨年9月のアジア大会で金メダルも獲得した。しかし選手選考の過程に問題があると指摘されるなど、大会中から“非難”を浴び、挙げ句には国会招致されるに至り、昨秋辞任。本人としては選考に非がないにも関わらず、バックアップしてくれなかったKBOに対する抗議の意味での辞任だったとされる。そうした経緯もあったため「やっても讃えられず、負ければ叩かれる代表監督」というイメージがついた後任選びには難航も予想されたが、最終的には現状、ベストの金卿文監督が就任となった。
韓国での報じられ方では、期待も大きい反面、ファンからは「11年前の代表監督を引っ張り出さなくてはならないほど人材難なのか」とか「監督を決めても、KBOはちゃんとバックアップするのか。宣銅烈監督の二の舞はないのか」といったシビアな声も聞こえる。
それでも金卿文監督が推挙された要因は、彼の持つカリスマ性と独特の“現場勘”。そしてなにより“正面突破”がモットーの強気な性格が、代表監督としての重責を担うに足りると評価されたからだろう。
11年前の北京五輪。韓国は予選リーグから9戦負けなしの完全優勝を遂げた。その後のソウルでの取材で、実に彼らしい一面を見ることができた。
金メダルを獲得できた要因。ひいては国際大会で重要視していることは何か-。そんな問いに、彼はこう答えた。
「一番大事にしているのは、試合そのもので感じる“感覚”です。データで145キロの球速の投手でも、実際のキレや伸びはどの程度なのか。相手打者の反応も、高めのボール球ならカットがうまいとか、変化球なら捨ててくるといったクセのようなもの。こうした生の感覚は、試合で戦う中でしか感じられない。そしてなにより、選手はもちろん、ベンチ(首脳陣)も少しでも早く感じ取り、対応していくことが大事なのだと思います」
つまりは現場勘。このとき金卿文監督は斗山の現職監督として代表を率いていた。数日前までリーグ戦を戦っていた。勘は錆びるどころか、鋭敏だったはずだ。
その象徴が予選リーグでの日本戦、九回の攻撃だった。2-2の同点で迎えた九回表1死一、二塁の場面で9番の打順。マウンドには左の岩瀬仁紀が立っていた。そこで金卿文監督は右打者ではなく、左の金賢洙を代打に選んだ。左投手に対して左の代打。一見、奇策に見えたが、彼には確たる根拠があった。
「あの場面、右の代打はまったく頭にありませんでした。金賢洙は国内でも左投手を苦にしていない。変化球をカットできる技術も持っています。あの場面での岩瀬投手の球速、キレなら空振り三振はないと思った。最低限、アウトになっても走者を進め、1番打者に繋げられる。そうした根拠があったので、迷いはありませんでしたね」
結果はセンターへ弾き返したタイムリー。これが決勝点となり、日本は敗れた。
当時の取材で印象深かったことはまだある。
「少しでも早く感じ取り対応する」と言ったときに「少しでも早く」と繰り返したことだ。試合は九回まである。だが、金卿文の考えは違った。
「国際大会の多くは予選リーグがあり、決勝トーナメントとなるのが一般的。しかし毎日相手国が変わる予選リーグは究極の短期決戦です。各国とも好投手を並べてくる。打者が“次の打席ではこうしよう”と対策を考えても、投手が代わっては意味がない。ならば初回から、初球からでも攻撃していく姿勢が国際大会では必要なんです」
その言葉は、まさに彼の強気な性格を示していた。加えて、こうも言っていた。
「国際大会では最少得点をいかに守りきるか、という考え方が一般的なようですね。慣れない相手と戦うだけにチャンスも限られているからと。でも私の考え方は違います。確かにチャンスは多くない。でもだからこそ、そのチャンスをいかに拡げ、ビッグイニングにするか。リスクはあるが積極性が国際大会だからこそ、大事なんだと思います」
あれから11年が経った。選手の顔ぶれも変わり、同じ戦い方が出来るとは思えない。また、なにより彼も11歳、歳をとった。そんな彼が、代表監督としてどんな戦い方を披露するのか。披露できるのか。
ともあれ、闘将が現場に帰ってきた。韓国代表編成のため、彼も韓国の各チームがキャンプを張る日本、アメリカ各地を廻るという。「アリゾナ、フロリダ、沖縄、宮崎…。短時間に視察するのは大変だ」と苦笑していると聞く。だがその実、楽しみでならないのではないか。
韓国代表監督は、彼の地の球界にとってこれ以上ない精神的負担のかかる仕事だ。それでも、やはり現場の人間は、現場でこそ輝くのだから。(スポーツライター・木村公一)