【76】殴らなかった恩師 体罰撲滅へ、尾藤語録をかみ締めて
「日本高野連理事・田名部和裕 高校野球半世『記』」
月例の日本高校野球連盟の会議で、常本明審議委員長は、毎月の不祥事発生報告の中で「相変わらず指導者の体罰が無くならない」と嘆いていた。
指導者の体罰を見るとカッとなって手を出す激高型と、この部員を何とかよくしたい、という心情型に分かれるようだ。
2012年末に明るみになった大阪・桜宮高校の体罰事件以来、全国のあらゆるスポーツ活動の現場で社会問題となり、体罰絶滅を関係者は十分認識したはずなのにどうしてだろうか。
中にはこれくらいは体罰ではないと高をくくっているのかもしれない。
僕の高校時代の野球部監督さんは、いわゆる外部指導者で、神戸税関の職員だった松田照美さんだった。
四国の名門、高松高校の卒業で、高校時代はあの怪童・中西太さん(高松一)と同世代で、走攻守に優れた選手だった。
いつも夕方5時ごろバイクで学校にきて練習を見てもらった。
松田さんのノックは今振り返っても抜群だった。1球ずつ声をかけながらぎりぎりの所に打ってくる。捕れないと「くそっ」と叱咤する。だから監督のあだ名は「くそ松」と陰で呼んだ。
全国で体罰が問題になった後、高校時代の同級生や先輩、後輩に松田さんから殴られたことがあったかと聞くと誰一人いなかった。
松田監督時代は、兵庫県下でもダークホース格で、公立校としては上位にいたと思う。
僕らの時代には指導者の体罰はなかったと思うと、改めて貴重な体験だったと懐かしい。
残念ながら恩師は今から12年前にご病気で他界された。なぜ体罰はされなかったかお聞きしてみたかった。
日本高校野球連盟では、今年も11月と12月に全国の若手指導者を対象にした指導者研修会「甲子園塾」が開かれる。
昼間は技術向上の研修がテーマだが、夜の座学は「体罰撲滅」がテーマだ。
初代「甲子園塾」の塾長だった、元箕島高校監督の尾藤公さんは、いつも座学の講評で次のように語りかけていた。
「食物を育てるには、畑を耕して、種を撒き、肥料をやり、水を欠かさず撒いて、そしてじっと見守ってやることの繰り返しだ。食物だって一気に育たない。まして人間はそれ以上だ。すぐに結果を求めてはいけない。じっくり待ってやることが大事だ」と。
また、野球は他の競技と違って人間がベースを回って得点する。だから人間を磨かなければ得点にはつながらないとも。
指導者の皆さん、どうかもう一度尾藤語録をかみ締めてください。