いろんな笑顔がある。楽しい時の笑顔。心の苦さに震える笑顔。阪神・伊良部秀輝投手(33)が見せた笑顔は、歩いてきた長い長い道を思って沸き上がった笑顔だった。2361日ぶりの日本球界での勝利。夢に見た猛虎のユニホームでの1勝目。阪神がシーズンを滑り出した。伊良部の粘投と逆転猛打で「ハマの悪夢」を断ち切り、星野軍団がVへ向けて発進した。
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阪 神 |
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勝:伊良部1勝
S:− |
本塁打:アリアス1号 |
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笑顔で飛び出したグラウンドに、虎党の大歓声が待っていた。「とにかくゲームにできてよかった。それだけで満足です」。試合後のヒーローインタビュー。勝利投手は少年のような目を、カクテル光線に向けた。
子どものころから、この日のためにボールを投げ続けた。香川・尽誠学園高での寮生活。無類の阪神ファンだった伊良部少年は、チームメートに夢を語った。
「オレは阪神とメジャーの両方で野球をやるんや…」
夢の半分は、海の向こうでかなえてきた。そしてもう半分の夢―。15歳の少年が描いた未来予想図は、18年の歳月を経て、今ここに完結した。
苦しかった。初回、2四球から連続して右越え適時打を浴びて2失点。三回にも高校時代の後輩・佐伯に被弾し1点を失う。気温9度の悪条件の中の投球。「寒かった?そんなことはないですよ」と本人は否定するが、最悪の天候が伊良部の制球、球威に影響を与えたのは間違いない。
四回には味方の失策と2安打で無死満塁のピンチを招く。しかし、ここからがメジャー右腕の真骨頂だ。石井を遊飛に打ち取ると、続く種田にはうまく変化球を打たせて併殺打。相手に傾きかけた流れを、百戦錬磨の投球術で自軍に引き戻した。
圧巻は五回だ。鈴木尚、ウッズ、佐伯のクリーンアップを三振斬りに仕留める。「一回は大事にいきすぎたけど、だんだんリズムがよくなった。(四回の)ゲッツーが大きかったね」と佐藤投手コーチは、ここぞで踏ん張る伊良部の粘投を高く評価した。
バットの方でも“仕事きっちり”だ。六回、無死二塁から、高めのボールに飛びついて送りバント。「何とか成功してよかったです」。日本球界初の打席でしっかりチャンスを広げた。これが赤星の適時打を呼び、自らを楽にする5点目につながった。
「初回はどうなるかと思ったわ」。自ら望んで獲得したメジャー右腕に、03年の初勝利をプレゼントされた星野監督は苦笑いだ。
「神経質になりすぎ。7年ぶり(移籍後)初登板で丁寧になりすぎた。分からんでもないけどな。でも最初からフォアボール、フォアボールではあかん」と今後の課題を指摘しながらも、その目は柔らかい光に満ちあふれている。
少年時代からの夢を、最高の形でかなえた伊良部。今季は、それに「優勝」という花を添えるために右腕を振るう。「1年間頑張ります。よろしくお願いします」。新たな夢への第一歩が、いま、大きく踏み出された。(松下雄一郎) |