ベンチで闘将が絶叫した。「入れ〜!」。虎党たちの夢と、自身の魂を乗せて、阪神・早川健一郎外野手(29)のタテジマ1号がバックスクリーン右に突き刺さる。85年に並ぶシーズン74勝目。新たな伝説の第1歩を踏み出す男たちの、こんなドラマが甲子園で生まれた。感動しました! |
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ヤクルト |
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勝:下柳9勝
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本塁打:アリアス28号、早川1号 |
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甲子園のバックスクリーンに刻んだ一撃。早川が大活躍だ |
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熱狂に戸惑う武骨な体を、5万3000人の祝福が包む。「早川」という耳慣れない名前の男。それでも、虎党ならプレーひとつ見れば分かることがある。
薫(かお)る。苦労人のにおいがする。
「3試合、我慢して使ってくれた星野監督に感謝したいと思います。感無量です」
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下柳も汚名返上の快投。スキなしの完封で9勝目を飾った |
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お立ち台から夜空が見えた。プロ8年目。噴き出す汗をぬぐうことすら忘れていた。
6―0で迎えた五回、二死一塁。本間の3球目138キロを完ぺきにとらえ、打球はバックスクリーン右横に深々と突き刺さった。この日3本目の安打は、記念すべき移籍第1号弾だ。
わき起こる「ハッヤッカッワッ」の大合唱。苦労人はおもむろに帽子を取ると、マンモスの山肌を見上げ、深々と一礼した。
神奈川県相模原市の実家では、母・はる子さん(54)が涙を流し続けていた。「星野監督に感謝してます。打ててよかったです」。BSチューナーが故障中のためテレビ観戦は不可能。部屋の真ん中にポツリと座り、息子の活躍をひたすら祈っていた。しばらくして電話が鳴りだした。「ホームラン打ったよ。健一郎君が、ホームラン打ったんだよ」。言葉にならなかった。
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アリアスのバットが止まらない。先制弾で勢いをつけた |
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G倒に沸いた27日の試合後。誰もいないはずの室内練習場に、明かりが灯っていた。黙々とマシン打ちに汗を流す早川の姿があった。スタメン出場したものの2打席凡退。五回途中から、中村豊に右翼を譲った。さらにその中村豊はバットで大活躍。悔しさと危機感を振り払うため、必死にバットを振り続けた。
そしてこの日のスタメン。星野監督がうなずく。「2試合で判断したらかわいそうや。これで(2軍に)落としたりしたら、アイツの人生も終わりや」。昨オフにロッテを自由契約となり、テスト入団でタテジマのユニホームを着た。シーズン終盤で巡ってきたチャンス。これを逃せばもう後がない。大げさでも何でもない。この試合に、命をかけていた。
二回の左前打でプレッシャーから解き放たれると、もう止まらない。四回にも先頭打者として左前打。これが今岡の2点適時打を呼んだ。「オレもホッとしたよ」。早川の気持ちは、指揮官が一番分かっていた。
85年の勝利数に並ぶ74勝目。さあ、大きな目標へ突き進もう。「またあしたから、僕らしく思い切っていきますんで、よろしくお願いします」。猛虎新伝説の幕開けを告げたのは、早川健一郎という苦労人。甲子園の神様が、そうさせた。(松下雄一郎) |