大学恩師が語ったヌートバーの魅力 高校時代はアメフトと野球の二刀流で奨学金

 2009年以来の優勝を目指し、準々決勝進出を決めた侍ジャパン。日本代表に名を連ねた選手たちの原点、素顔に迫る「侍外伝」の第7回は“たっちゃん”の愛称で大人気、カージナルスのラーズ・ヌートバー外野手(25)。日本人の母と米国人の父を持つ、米国生まれのSAMURAIはどんな学生時代を過ごしていたのか。大学恩師が語る思い出に、その魅力がぎっしり詰まっていた。

  ◇  ◇

 5年前にプロ入りした教え子とは今も連絡を取り合っている。2月。カージナルスがキャンプを張るフロリダから届いた声は喜びと希望に満ちあふれていた。

 「すごく興奮していましたよ。彼にとって未知の領域。日本と米国の野球が違うのは分かっているはずです。彼のことだから日本の選手から多くのことを吸収し、フィールドで自分の個性を発揮することにうずうずしていると思います」

 カリフォルニア州パサデナの閑静な住宅街。暖炉がある居間でヌートバーの大学時代の恩師、ダン・ハブス氏(52)が目を細める。

 現在はアスレチックスで投手育成コーチを務めるハブス氏は、1889年創部の歴史ある南カリフォルニア大(USC)野球部で2013年から7年間、指揮を執った。

 ヌートバーのプレーを初めて見たのは、エル・セグンド高2年(日本の高1に相当)の時。大学に勧誘するためだった。

 「身体能力の高さ、体格の良さが際立っていましたね。ショートの守備は大学でやるには時間が必要だと思いましたが、打撃は即戦力でしたね」

 野球だけでなく、フットボールのQBとしても抜きんでていた二刀流アスリートの元には、複数の大学から奨学金のオファーが届いた。「フットボールをやめて野球に専念すれば一気に伸びる。プロになるだけでなく、メジャーリーガーになる力を秘めている」。“争奪戦”を制したハブス氏は「本当に運が良かった」と、当時を懐かしんだ。

 指揮官は期待の新人を中堅手として起用した。侍ジャパンを勇気づけ、日本を感動させた、たっちゃんの美技の原点がここにある。

 ハブス氏が目を見張ったのはグラウンド上のプレーだけではない。

 「チームメートへの接し方ですね。とても社交的で、選手全員分け隔てなくコミュニケーションを取っていた。常に楽しもうとしていたし、その笑顔に演技は一切なかった」

 ヌートバーの大学生活は順風満帆だったわけではない。ドラフト上位指名の情報が駆け巡った大学3年の冬にスランプに陥った。

 「秋に14試合で9本のホームランを打ったと記憶してますが、彼はもう少しパワーをつけようとしたんだと思います。12月になってスイングのタイミングを少し狂わせてしまい、調子を取り戻すのに時間がかかってしまった。それでも三振は少なかったし、四球も多く選んでいた」

 一時は2巡目指名とのうわさが出たほど評価は高かった。「ドラフト候補の選手にはよくあること。予想以上に時間がかかりました」。将が感心したのは、その時のヌートバーのふるまいだった。

 「彼はリーダーであることを自覚していて、常に自分が見られていることを意識していました。思い通りにいかなかった時に悔しさを出してもいら立ちや苦しさは押し隠す。チームの士気を下げないように。みんなの手本であろうとしていました」

 ドラフトされた3年後の21年6月にメジャーデビューを果たしたヌートバー。2年目の昨季は108試合に出場し、打率こそ低かったが、14本塁打、OPS・788をマークした。

 「3年の時の爆発力を見ていますから、メジャーで打率2割8分、25本塁打、100打点を残しても不思議ではないし、驚かないでしょうね」

 ヌートバーにはどんな選手になってほしいか?3年間、教え子の成長を見守ってきたハブスが答える。

 「私が本当に見たいのは私の知っているラーズ、いつも笑っているラーズです。彼が笑顔の時、それはすべてがうまくいっているという意味ですから」。

 師はその笑顔が正のエネルギーを生み出し、人の心を癒すことを知っている。

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