北島、ロボットに救われた五輪ランナー
リオデジャネイロ五輪に挑む選手の経歴や境遇は、さまざまだ。男子マラソン代表の北島寿典(31)=安川電機=は工学部出身の経歴を生かして競技続行の道を切り開き、才能を開花させた。信念を貫く異色キャリアのアスリートに迫る。
2大会連続で五輪の男子マラソン代表を輩出した安川電機(北九州市)。陸上競技以上に名がとどろいているのは、シェア世界一の産業用ロボット。自動車の製造ラインなどで活躍している、世界に冠たるメーカーだ。
そんな企業だからこそ、北島は競技を続けられた。06年春、就職が決まらなかった東洋大4年の北島は「ロボットに興味があります。将来はロボットに関する仕事をしたい」と当時監督だった井上文男氏に売り込んだ。
その年の正月、3年で初めて走った箱根駅伝は4区で区間8位。他の実業団から誘いがなく「どうしても陸上を続けるために…」。進学校の群馬中央高から指定校推薦で東洋大工学部に進学。強豪大の陸上部では珍しい工学部という経歴を生かした自己PRだった。
井上氏が「うちでやりたいという気持ちが伝わった」と感心した秘話。「実はあれ、入社するための口実でした」と北島は“白状”したが、現場でも大きな戦力だ。部員で唯一、ロボットの検品作業を任されている。
前回ロンドン五輪では先輩の中本健太郎が6位入賞を果たしており「6位以下は負けと思っている」。先輩をビンビンに意識する。世界の製造現場で知られるYASKAWA。そこで育まれた男がリオでKITAJIMAの名を広める。