絶対エース、大逆転で2冠 「五輪コラム」
「体操ニッポン」には、どの時代でもエースがいる。2004年アテネ五輪で団体総合を制した時は、日本が追求した「美しい体操」の体現者だった富田洋之が中心選手で、その体操の系譜は今回の団体金メダルにつながる。ただ長い栄光の歴史の中でも、五輪の団体総合と個人総合の2冠を同時に獲得した「絶対的エース」は意外に少ない。1964年東京大会の遠藤幸雄、68年メキシコ、72年ミュンヘンで2大会連続2冠の加藤沢男、そして今回、悲願の団体金メダルに次いで個人総合で2連覇を果たした内村航平だ。
▽奇跡の鉄棒 五輪という大舞台がそうさせたのか。個人総合ではこのところ世界に敵なしの内村が「これで負けても悔いがない」というほどの窮地に追い込まれた。5種目目を終えた時点で、首位ベルニャエフと2位内村は0・901点差。簡単に追いつける差ではなかった。最終種目の鉄棒。この土壇場で内村は鬼気迫る演技を見せた。大きなスイング、離れ業は高さがあり、ひとつひとつの技を高い精度でつないでいく。持ち味の着地は今大会、一歩ずつ乱れることが多かったが、最後は「絶対に決めてやる」との言葉通りに微動だにしなかった。 内村の得点は15・800点。この高得点がプレッシャーになったのか、最後の演技者ベルニャエフは委縮した。大きなミスはないものの、難度の低い技の連続で小さくまとめ、着地も大きく足を踏み出した。やや時間をかけて出た得点は14・800点。トータルで内村にわずか0・099点及ばない。五輪史に残る奇跡的な逆転優勝が決まった。 技の難度を高め、それぞれの技を美しく表現するための努力を積み重ねてきた。「練習だけを信じて、最後は強い気持ちでやった。出し切りました。もう何も出ない」と内村。22歳のベルニャエフは技の正確性で王者内村に迫った。大詰めで内村が競り勝てた要因は、大舞台での経験の差と体操王国のエースとしての精神力だった。 ▽オールラウンダーの極み 体操界は採点法が変わり、それぞれの種目で高得点を目指す専門性が重視されるようになった。得意種目で難度、見栄えをとことん追求するスペシャリストが増えている。日本にも64年東京五輪の跳馬をヤマシタ跳びで制した山下治広を筆頭に、強力なスペシャリストは存在した。近年もあん馬の鹿島丈弘ら記憶に残る種目別強者を輩出している。それでも体操で最も尊敬されるのは全種目を高いレベルでこなすオールラウンダーに変わりはない。 内村は若いころから口癖のように「6種目やってこそ体操」と言い続け、オールラウンダーの極みを目指してきた。遠藤、加藤ら万能型の先駆者の体操に臨む姿勢も継承している。つま先までピンと伸びきった遠藤の脚の美しさ、柔軟なのに切れ味鋭い加藤の技のつなぎは、時を越えて内村の演技に息づいている。 日本には内村に続く全種目をこなせる若手も芽吹いている。22歳の加藤凌平は、今回は個人総合11位に終わったが世界選手権2位の実績もある。跳馬、床運動のスペシャリストに見られがちな19歳、白井健三も今年の全日本選手権で個人総合2位に入った。2020年東京五輪に向けて、復活した体操ニッポンの進化は続く。(荻田則夫)